a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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この土曜日はel Bulli.のシェフのFerran Adria氏と建築家の谷尻誠氏の対談を見に行ってきた。IESEのJapan Business Clubが主催したイベントだ。盛況で、キャンパスで最も大きい講堂があれだけ混み合っているのは初めて見た。2階席も人で溢れていた。

スペイン語で話すFerran氏、日本語で話す誠氏の対話をスペイン語、英語、日本語の同時通訳でファシリテーターであり聴衆でありにタイムリーに、正確に届けるのは難しいことであったと思う。実際誠氏のコメントを日本語で聞きながら英訳で聞いてみると、その内容の細かい違いに気づくことは多かった。もしかしたら通訳ではなく言語そのものが原因なのかもしれないが。Ferran氏の話し方は独特らしく、スペイン人であってもそれを全て理解するのは難しいとのこと。話すスピードの速さも原因のひとつのようだが、右脳派というかなんというか。

今の僕は誠氏に学ぶことが多かった。過去イノベーション・マネジメントのコンサルティングに従事していた時代を思い出し、考えを整理することができたように思う。

僕が受けたイメージは、Ferran氏は自分の中に確固たる考えを持っていて、それを堂々としたプレゼンテーションで伝える。質問に対しても自分が考えていることを伝える姿勢がまず第一にでてくる。なので質問への答えになっていないこともしばしば。ただ常に力強く聴衆へ語り続け、多くの笑いであり頷きでありを生み出していた。

一方誠氏は、自分の考えとそれに従った経験を持っているが、それと同時に他を受け容れる柔軟性も備えているように感じた。個人のエンターテイメント性を強く感じさせるプレゼンテーションではないが、シンプルに自身の考えとそれに従って何をどう生み出したのか自身の作品を紹介する。静かでありながら力強いものであった。質問へも直接こたえるし、質問によってはそれは今自分も考えているところで明確なこたえは持っていない、という前置きのもとに話をされていた。

プレゼンテーションのスタイルは好みとして、自分も含めて、ネイティブでない言葉を、通訳を通じてどれだけ理解しきれているかは疑問があるところ。もっと理解を深めれば印象も変わってくるものと信じる。


誠氏から学んだ内容を以下にまとめる。彼の言葉そのものではなく自分の解釈を含めている。
名前がそのものの提供価値を規定している。水の入ったコップは魚を入れれば水槽になるし花を生ければ花瓶になる。これは最初から水槽や花瓶という名前をつけていないことによって機能が広がる、使い道が広がるという事だ。
オフィスであり美容院でありもそう。例えばカフェ。カフェであってもその中で人々が皆パソコンを広げるなりして仕事をしていればその空間はオフィスと名付けられる。何が空間の名前を決定づける要因なのか。
自分が主催するTHINKというイベントのために名前を付けない空間を所有している。その中で髪を切ってもらった時そこは美容院になった。美容院をデザインすると考えると普通鏡が重要な位置づけにくる。しかし実際には鏡がなくとも美容院は存在しうる。
意味のない多くのものの中から新たな意味を見出すことがイノベーションではないかと考えている。例えば昔、人々がに見える多くの星々をつなぐことで星座という概念をつくりそこに意味を持たせていったように。
”透明”は何かを考えた時に、川を流れるキレイな水にたどり着いた。それは透明だが、水がなければ人々は透明であるとは感じない。であれば物質によって透明を表現できるはずである。
継続的にイノベーションを生み出していく際大切なのは一人で考えないことだ。一人で考えた先に出来上がるものは形になった自分一人のアイデアに過ぎない。それではイノベーションと呼べない。そこへ予期できない他者を巻き込むことで化学反応が起こり、自分で想像だにしなかったものが生み出される。
昔の人々は今に比べてもっと考えていたのではないかと思う。その考えぬかれたものが、今もなお伝統として残っているのではないかと。今の時代は情報が溢れている。考えなくても生きていける。しかしそれでは未来に自分たちの何が残るのか。未来に何かを残すためにも自分たちも常に新たな何かを考え続けなくてはならなないと思っている。
イノベーションが新たなつながりだというのは、元々シュンペーターがイノベーションの概念を打ち出した時の定義に重なる。ノイエ・コンビナチオ、新たな結合がイノベーションであるということで。

継続的にイノベーションを起こしていく上で一人で考えないということも同意する。僕は”誰に対するイノベーション”なのか、という点も考えるに値すると思う。誠氏の考えの前提にはもしかしたら自分に対するイノベーションというのが強くあるのかもしれないと感じた。自分の中で新たな結合を生み出す、見出すために他者との化学反応が必要であると言われていると感じた。

それもあるが、その何かしらの結合が誰にとって新しいのか、誰にとってイノベーションであるのかというのも考え方としてある。タイムマシン経営にしても、あるところで既知の経営手法が、それのないところでは新たな手法となるわけだし、その場所に限定すればイノベーションであるだろう。リバース・イノベーションにしてもそう。全く同じものを新興国から先進国へ投入した結果、利用シーンであり誰かのニーズでありと新たな結合が生まれイノベーションになる。

加えて強く感じたのは、それを体現している方の力強さだ。言葉では、理論でどうだという話と、それを実際に形にして、価値として世に届けることは遠く距離が離れている。それを、実際にやりつづけ、イノベーションを実際に生み出している方によって語られる結晶化されたコンセプトは多くの学びを与えてくれた。

濃密な時間だった。

講演会後、クラスメイトと話していると、Ferran氏よりも良いことを言っていたよね!と言う人もいた。ただ、言葉の壁があってうまく理解しきれていないかもしれないとも。

まずは英語とスペイン語、磨いて行きたいなと思った。
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by sagad | 2013-05-27 00:10 | MBA

TEDxBARCELONAへ行ってきた

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マヨルカ・メノルカ島旅行と前後する。先週の金曜日はTEDへ行ってきた。実際に見に行ったのは初めて。これまではTOEFLの勉強のためにPodcastで見ていた。

面白かった。

技術と社会の未来ということで、いろいろな技術でありコンセプトでありの紹介があった。内容のすべてを事前に把握していたわけではなく特定の期待値なしにひたすらインプットする半日だった。とても良かった。

普段既に組まれたカリキュラムの中で、ある程度規定された体系の中で学び続けているのに対して、TEDからの学びは普段とは距離があり、自分にとって規定されたものではなく、多様であったから。

インプットなくしてアウトプットはでき得ない。普段と同じインプットの繰り返しの中から普段と異なるアウトプットがでてくることも稀だろう。自分というプロセスを変えることは勿論できるし、MBAというのはまさにそれを実現する場所なのだと思っているが、インプットを変えることはこうして普段触れない世界に飛び込むだけで瞬時に実現できる。そしてそれは、プロセスを変えていないにしても、これまで使っていなかったプロセスを呼び起こすこともあるかもしれない。

これからも、時折ランダムに、気の向くままにインプットすることは続けて行きたいと思う。
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by sagad | 2013-05-23 07:23 | MBA
土曜日はPAINTBALLをしてきた。日本で言うサバイバルゲームをシンプルにしたようなものだった。参加者は100人を超えていて、大きなイベントになっていた。キャンパス前に集合してそこからバスで出発。

金曜日に送別会で大盛り上がりしていた結果、二日酔いを抱えての参加となった。

そしてその結果前半は欠場。朝起きたときは調子もそんなに悪くなかったのだが、徐々に悪化。会場に着く頃には、激しく動くとまずいことになるな、という感じで。着替えて、マスクと銃を持って、ベンチに座って仮眠。”オレも二日酔いだよー!”と明るく笑っている仲間もいた。元気だなと眺めながら自分は安静に。

調子が良くなった後半から参加。休憩の時に、朝とはうってかわって”二日酔いだ、気持ち悪い。。”といっていた仲間が微笑ましかった。気持ちは痛いほどわかる。

初めてだった。とても面白かった。そして痛かった。痕は残らなかったが首にあったたのが少々。。

あまり目立たない白いペイントの入ったビー玉程度の大きさの弾をガス銃で撃つ。帰り道、頭やら顔やらにペイントの残った仲間もいて、大学・街に戻ったら変な目で見られるよと話していたら自分の顔と頭にもべったりついていた。バスが大学に着く頃に教えてもらった。

その後、クラスメイトとラーメンを食べにいって帰宅した。

心地よい筋肉痛と、すっかり治った二日酔いの体でぐっすり眠った。
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by sagad | 2013-04-23 20:51 | MBA
土曜日に文化祭があった。Multi Cultiという名前。会場はPoble Espanyol de Barcelona。直訳するとバルセロナのスペイン村。その中の奥まったところにある大きなテントが会場だったのだがそこにつくまでの街並み?が美しかった。
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IESEへは60近くの国々から学生がやってきているが、そのうち23カ国がブースを出してそこで国々のお酒であり料理でありをサーブする。またテントの中にはライブの設備を持った舞台があって各国趣向を凝らしたパフォーマンスをする。てっきり賑やかなお祭りを想像してやってきたが、実際は想像を遥かに超えるテンション。18時から24時という開催時間を考えれば想像ができたのかもしれない。最終的にはドーム内がクラブと化していた。
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その後(って午前1時過ぎ頃だろうか)、多くはクラブへ流れたと聞いた。

そんなエネルギー溢れる文化祭から感じることが幾つかあったのでランダムに書いていく。

皆が自分の出身国を楽しむ
皆が自分たちの出身国のトラディッショナルな格好をして、パフォーマンスをして、心から楽しんでいたように感じた。アゼルバイジャン出身のクラスメイトがいて、確かClass of 2014でひとりだと聞いた気がしているのだが、彼はアゼルバイジャンの国旗をマントとして纏って会場で楽しんでいた。国ではなく個人による話だが、自分がもし1人でここに来ていたら僕は日本の旗をマントにしていただろうか、とふと考えた。

皆踊れる
パフォーマンスの多くはダンスを含んでいた(一部プロレスを含んでいたし、キョンシーを含んでいたし、殺陣を含んでいた)。皆上手い。勿論踊れるからステージに立っているのだと思う。それにしても。会場でリズムにのっている人も自然体。とても楽しそうだった。
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皆好奇心旺盛で仲間の国を愛する
飲んだことのないお酒、食べたことのない料理。友達に薦められるまま皆チャレンジする。とあるテーブルでカラのコップを渡されたと思ったら液体がちょこっと入っていて、とても強いお酒だという。飲んでみた。確かに喉とお腹が熱くなった。アルコール度数60-70%程度とのこと。名前を忘れた。
韓国出身の若者はお祭りが始まって早々ドイツ人のクラスメイトにショットを薦められて飲んでいた。それのせいなのかはわからない。数十分後会場であったら当初着ていたチマ・チョゴリ?(少し違う気もしたがその雰囲気のキレイなドレス)ではなく普通の格好でよれよれになっていた。無事だったので何より。
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酔うと平和に?騒ぐ
これは若いからなのかどうなのか。酔うと(テンションが上がるとなのかもしれない)、広いスペースがあったら肩を組んでワイワイ騒いだり、冗談でソフトにタックルをしてみたり。まあ、普通の酔っぱらいと言えば酔っぱらい。普段冷静なクラスメイトが騒いでガードマンにそっけなくいなされる姿は、”ああ、こういうの学生らしいな”、と感じさせる瞬間だった。

クラスとは違う一面が見られる。能く学び能く遊ぶ
仕事と同じように考えたらわかりやすいのかもしれない。クラスはon、他はoff。クラスでは見せないような一面がたくさん見られる。それぞれ目的を持って集まっているし、MBAでの学習であり議論でありを通じて成長するために力を注ぐ。が、遊びも皆かなりのエネルギーを注いでいるんだなと感じる。人によると思うが、自分の生活のリズムであり時間配分でありを管理できていないとここまで一生懸命学び一生懸命遊ぶというのはできないだろう。

皆とってもいいやつだと思う。そして自分は日本について知らねばと思う
いいやつばかりだと思う。ぶらぶらしていたら声をかけられてFecebookにupしてきたこれまでの写真のことを覚えていて褒めてくれたり、先日のOMOTENASHI NIGHTの感動を改めて語ってくれたり、日本が大好きだ、日本人の仲間が大好きだ、尊敬する、僕は日本から学ばなければならない、と話しかけてくれたり。ポジティブで、酔もまわっているからそういう話になっているだけなのかもしれない、誰にでも何にでも同じようなことを言うのかもしれない、そのあたりは分かっていないのだけど、そうやって言われると嬉しいのと同時に、日本の良さ、学ぶべきだと言われる点について自分がもっと学び、自覚せねばならないのではないかと思わされる。


結局1時頃に会場を後にして、それから遅めの夜ご飯を軽く食べて帰った。行って良かったと思う。
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by sagad | 2013-03-19 03:51 | MBA

OMOTENASHIのちから

この土曜日に、IESEの日本人1年生でJapan "OMOTENASHI" Nightと称して同級生をもてなした。

背景は昨年のThanks Giving Charity Auction。IESEで毎年行われているイベントで、思い思いのチームがものやことを出品しオークションにかけられる。落札されたお金は全て寄付にまわる。日本人チームで出品したのが上記、Japan "OMOTENASHI" Nightだった。

(おそらく)日本であり日本食に興味のある同じく1年生のチームが落札した。オークションの場には僕はいなかったが、それなりに盛り上がったようで嬉しい限りだ。もっと言えば、僕は当日カメラマンとして参加したのみで、会場の選定・交渉、当日のコンテンツの企画・準備、当日の仕切りにはほぼ関与していない。限られた時間の中で素晴らしいおもてなしを提供した仲間には頭が下がる。

企画のやりとり(ミーティングでありメールでありでのディスカッション)はみていた。この過程自体にも大きな価値があると感じていた。そもそも日本をどうメッセージしたいかという話とどうしたら来ていただけるゲストの方々に満足していただけるか、そこに関して十分な議論が尽くされていたと感じている。

日本の宴会のクオリティの高さは(様々な伝わり方をしているが)有名だ。ではその宴会芸を磨いて披露するべきか。しかし宴会芸(色々ある)イコール日本のおもてなしなのか、という議論もあった。それはあくまで一つの側面に過ぎない。実際に宴会芸というものに慣れ親しんでいるバックグラウンドの日本人もいれば、まったくそうでない人もいる。確かに盛り上がるかもしれないし、楽しんでもらえるかもしれない、しかしそこだけを強調することが自分たちが伝えたいメッセージをサポートするのか、という議論だった。

最終的には、静と動の織り交ざった素晴らしいコンテンツが練り上げられていた。

こうしたやりとりから僕が感じたのは日本の文化の厚みだと思う。僕が文化について無知だということも多分に手伝ってだと思うが。

お店の中ひとつとっても、食事そのもの、器等のファシリティ、建物の内装、衣服、立ち振舞、全てが共通の文化でつながっている。茶道や書道に関してもその一挙手一投足(特に茶道)でありすべての道具に役割があり意味合いがある。そして宴会になれば、宴会芸に関しても、先述のものと歴史の長さ・重みは違えど、共通のものがある。
欧米でもそれなりのレストランへ行けば雰囲気はあるだろうし、クラブにいけば宴会芸というかゲームのようなものはあるだろうと思う。ただその根底に文化が受け継がれているか、存在するかというと僕はそれを知らない。珍しさもあるのかもしれないが、普段でもこのディナーを通じてでも、海外の方が日本の文化に触れた時の驚きや感動を見ると、他にはないもの、素晴らしいもののように感じる。


そして土曜日、とても素晴らしい夜であったと思う。


直前まで準備をしていても、本番でその場の雰囲気であったりゲストのテンションであったりに応じて、その準備したコンテンツを引っ込めて柔軟に立ち回れるというのも素晴らしいことだと思った。そうした相手が心地よい時間を過ごせる、満足できることに焦点を定めて動くというのは考える以上に難しいことだ。どこまでが文化に依存する話で、どこからが個人に依存する話なのか自分の中で曖昧ではあるのだが、日本人のおもてなしを心ゆくまで楽しんでもらえたと思いたい。

翻って、おもてなしというのを一流のサービスと置き換えて考えると、頭に浮かぶのはリッツ・カールトンであったりする。日本の旅館でありホテルであり料亭でありレストランでありにも素晴らしいサービスがあると信じているのだが。単に自分の無知に端を発する話であれば良いが、日本の素晴らしさがうまく伝わっていなかったり、活かしきれていなかったりするのだとすると、少なくとも自分が届く範囲においてはキチンと伝えて行きたいと思う次第。
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by sagad | 2013-03-06 01:08 | MBA

質問の質と順位

今日は朝からパネルディスカッションを見てきた。テーマはGlobal Business Outlook: How global companies look at the worldで、登壇者は3人であった。メディア業界から1名、同業界SMEとしてコンサルティングファームのパートナーが1名、そしてHoward Stringer。

時間は90分、AudienceはIESEの学生で、100名程度だったか思う。内容はさておく。ふと思ったことがあったのでここにまとめておきたい。ケーススタディに参加している時もそうだし、パネルディスカッションを聴いてる時にしてもそうなのだが、質問するのが上手い人がいる。どんな条件を満たしているか考えてみた。
・理解が示されている
・不明な点(知りたい点)が示されている
・それを明確にしたい理由が示されている
・シンプルである
・ポジティブである
・知りたい意欲が示されている
次に質問の順位について。最も大切なのことは、上記を満たしている質問をすることだ。次に大切なことは、上記を満たしていない質問をすることだ。それについで、質問は見つからなかったが話を聞く前に持っていた質問候補が全て解消されていることだ。そして避けるべきは問もなく漫然と参加し、漫然と話を聞き、何を得たかも自覚せずその場を後にし、参加する前と全く同じ行動をとり続けることだ。

質問の価値の受け手は少なくとも3種類いる。聴衆、話者、事務局含む関係者だ。

聴衆は質問によってその場に臨んだ目的と現実のGAPを埋められる
話者は質問によって新たな視点・発想を得られる場合があるし、質問に応えることで聴衆に対する提供価値を高められる
事務局は、上記のように質問を通じて聴衆と話者の満足度が上がることで、その場を提供したことの価値が高められる

従って、聴衆は聴衆の立場だけを考えれば、目的と現実にGAPがなければ質問する必要性はないが(それは素晴らしいことであると言えると同時に、話者・事務局がプレゼンを通じて新たな疑問を生じさせることができなかった/発想を進化させられなかったという捉え方もできる)、それでも質問をすることで話者・事務局への提供価値を高められる。それは今回のケースであれば自分たちであり所属する組織の素晴らしさを伝えられることになり、それは今後より魅力的な場を獲得できるきっかけにもなり得る。聴衆間で理解度の違いもあるだろうからそこに対して役立つ場合も多い。


こうして考えながら自分の今回のパネルディスカッションへのスタンスを省みる。


これから良くしていこうと思う次第。

何事もインプットしないよりした方がいいという考え方もある。頭の中に放り込んでおけばいつか役に立つかもしれない、他の知識や経験とつながることで面白いものが生まれるかもしれない。ただ、それにしてもその場をつくるために関わっている関係各位を考えれば、ちょっとしたことであっても質問するべきだろうし、やはり上記の様な将来の可能性を考えているなら、自然と質問も浮かんでくるのだろうと思う。
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by sagad | 2013-03-02 04:37 | MBA