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a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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OMOTENASHIのちから

この土曜日に、IESEの日本人1年生でJapan "OMOTENASHI" Nightと称して同級生をもてなした。

背景は昨年のThanks Giving Charity Auction。IESEで毎年行われているイベントで、思い思いのチームがものやことを出品しオークションにかけられる。落札されたお金は全て寄付にまわる。日本人チームで出品したのが上記、Japan "OMOTENASHI" Nightだった。

(おそらく)日本であり日本食に興味のある同じく1年生のチームが落札した。オークションの場には僕はいなかったが、それなりに盛り上がったようで嬉しい限りだ。もっと言えば、僕は当日カメラマンとして参加したのみで、会場の選定・交渉、当日のコンテンツの企画・準備、当日の仕切りにはほぼ関与していない。限られた時間の中で素晴らしいおもてなしを提供した仲間には頭が下がる。

企画のやりとり(ミーティングでありメールでありでのディスカッション)はみていた。この過程自体にも大きな価値があると感じていた。そもそも日本をどうメッセージしたいかという話とどうしたら来ていただけるゲストの方々に満足していただけるか、そこに関して十分な議論が尽くされていたと感じている。

日本の宴会のクオリティの高さは(様々な伝わり方をしているが)有名だ。ではその宴会芸を磨いて披露するべきか。しかし宴会芸(色々ある)イコール日本のおもてなしなのか、という議論もあった。それはあくまで一つの側面に過ぎない。実際に宴会芸というものに慣れ親しんでいるバックグラウンドの日本人もいれば、まったくそうでない人もいる。確かに盛り上がるかもしれないし、楽しんでもらえるかもしれない、しかしそこだけを強調することが自分たちが伝えたいメッセージをサポートするのか、という議論だった。

最終的には、静と動の織り交ざった素晴らしいコンテンツが練り上げられていた。

こうしたやりとりから僕が感じたのは日本の文化の厚みだと思う。僕が文化について無知だということも多分に手伝ってだと思うが。

お店の中ひとつとっても、食事そのもの、器等のファシリティ、建物の内装、衣服、立ち振舞、全てが共通の文化でつながっている。茶道や書道に関してもその一挙手一投足(特に茶道)でありすべての道具に役割があり意味合いがある。そして宴会になれば、宴会芸に関しても、先述のものと歴史の長さ・重みは違えど、共通のものがある。
欧米でもそれなりのレストランへ行けば雰囲気はあるだろうし、クラブにいけば宴会芸というかゲームのようなものはあるだろうと思う。ただその根底に文化が受け継がれているか、存在するかというと僕はそれを知らない。珍しさもあるのかもしれないが、普段でもこのディナーを通じてでも、海外の方が日本の文化に触れた時の驚きや感動を見ると、他にはないもの、素晴らしいもののように感じる。


そして土曜日、とても素晴らしい夜であったと思う。


直前まで準備をしていても、本番でその場の雰囲気であったりゲストのテンションであったりに応じて、その準備したコンテンツを引っ込めて柔軟に立ち回れるというのも素晴らしいことだと思った。そうした相手が心地よい時間を過ごせる、満足できることに焦点を定めて動くというのは考える以上に難しいことだ。どこまでが文化に依存する話で、どこからが個人に依存する話なのか自分の中で曖昧ではあるのだが、日本人のおもてなしを心ゆくまで楽しんでもらえたと思いたい。

翻って、おもてなしというのを一流のサービスと置き換えて考えると、頭に浮かぶのはリッツ・カールトンであったりする。日本の旅館でありホテルであり料亭でありレストランでありにも素晴らしいサービスがあると信じているのだが。単に自分の無知に端を発する話であれば良いが、日本の素晴らしさがうまく伝わっていなかったり、活かしきれていなかったりするのだとすると、少なくとも自分が届く範囲においてはキチンと伝えて行きたいと思う次第。
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# by sagad | 2013-03-06 01:08 | MBA

質問の質と順位

今日は朝からパネルディスカッションを見てきた。テーマはGlobal Business Outlook: How global companies look at the worldで、登壇者は3人であった。メディア業界から1名、同業界SMEとしてコンサルティングファームのパートナーが1名、そしてHoward Stringer。

時間は90分、AudienceはIESEの学生で、100名程度だったか思う。内容はさておく。ふと思ったことがあったのでここにまとめておきたい。ケーススタディに参加している時もそうだし、パネルディスカッションを聴いてる時にしてもそうなのだが、質問するのが上手い人がいる。どんな条件を満たしているか考えてみた。
・理解が示されている
・不明な点(知りたい点)が示されている
・それを明確にしたい理由が示されている
・シンプルである
・ポジティブである
・知りたい意欲が示されている
次に質問の順位について。最も大切なのことは、上記を満たしている質問をすることだ。次に大切なことは、上記を満たしていない質問をすることだ。それについで、質問は見つからなかったが話を聞く前に持っていた質問候補が全て解消されていることだ。そして避けるべきは問もなく漫然と参加し、漫然と話を聞き、何を得たかも自覚せずその場を後にし、参加する前と全く同じ行動をとり続けることだ。

質問の価値の受け手は少なくとも3種類いる。聴衆、話者、事務局含む関係者だ。

聴衆は質問によってその場に臨んだ目的と現実のGAPを埋められる
話者は質問によって新たな視点・発想を得られる場合があるし、質問に応えることで聴衆に対する提供価値を高められる
事務局は、上記のように質問を通じて聴衆と話者の満足度が上がることで、その場を提供したことの価値が高められる

従って、聴衆は聴衆の立場だけを考えれば、目的と現実にGAPがなければ質問する必要性はないが(それは素晴らしいことであると言えると同時に、話者・事務局がプレゼンを通じて新たな疑問を生じさせることができなかった/発想を進化させられなかったという捉え方もできる)、それでも質問をすることで話者・事務局への提供価値を高められる。それは今回のケースであれば自分たちであり所属する組織の素晴らしさを伝えられることになり、それは今後より魅力的な場を獲得できるきっかけにもなり得る。聴衆間で理解度の違いもあるだろうからそこに対して役立つ場合も多い。


こうして考えながら自分の今回のパネルディスカッションへのスタンスを省みる。


これから良くしていこうと思う次第。

何事もインプットしないよりした方がいいという考え方もある。頭の中に放り込んでおけばいつか役に立つかもしれない、他の知識や経験とつながることで面白いものが生まれるかもしれない。ただ、それにしてもその場をつくるために関わっている関係各位を考えれば、ちょっとしたことであっても質問するべきだろうし、やはり上記の様な将来の可能性を考えているなら、自然と質問も浮かんでくるのだろうと思う。
# by sagad | 2013-03-02 04:37 | MBA
ホワイトボードに自分の意見を構造化して話をするというのがチームの中で流行りだした。嬉しいことだ。ミーティングのゴールが設定されていなかったり、絵やツリーを描いてもSo whatがなかったりするし、その絵の中で縦と横の空間の意味づけがなかったりオブジェクトの形や矢印の意味合いがバラバラだったりするが、それでも見ていて微笑ましいし楽しい。

面白いもので、こうして議論をし始めるとチェアする人がその前にするべきことを自覚しはじめる。構造が必要だ、メッセージが必要だ、そのために少し下調べをしておきたい、そうしないと議論の土台がつくれない等。

プロジェクトのワークスタイルに従えば、プロジェクトの目的があって、期間があって、出すべきアウトプットがあって、そのアウトプットに必要な構造があって、その構造の中身をつくるタスクがあって、途中段階の結果に応じて以降の方針を決定するマイルストーンがあって、タスクを実行する中で必要なコミュニケーションの頻度とアウトプットとマイルストーンに従った各コミュニケーションのアジェンダ(ミーティングプラン)がある。

それに倣うことが目的ではない。皆で試行錯誤しながら前に進んでいきたい。その過程でこれまで以上にチームでありチームメンバー各人でありの役に立てれば嬉しい。
# by sagad | 2013-03-01 00:27 | MBA
先日のMarketing Planning and Implementationのクラスのアサインメントを終えて得られたものをまとめておきたい。その後チームに所属する意味について普段思っていることを簡単に書きたい。


自分のポジション
このタスクを通じて、チームの中でのポジションが明確になった。ものごとをStructureするのが上手い、資料をつくるのが上手いと。自分の仕事に鑑みれば決してほめられた話ではないが、それでも良いことだ。前々から会話の中でどうしたほうがいいという話をしたり、ホワイトボードに書いたりはしていたが、実際にアウトプットし、加えてそれが教授から良いフィードバックを受けられると、皆自然とフォローしてくれるようになる。


チームの議論を通じてより良いものにできる
時間がなかったので、ほぼ全て自分でつくっていた。区切りのいいところで(Horizontal Logicを通した時点、Strategyまでの説明をつくりあげた時点)チームにシェアしていたが、やはり議論・アプローチの仕方が異なるので仲間の意見をうまく引き出せなかったと感じている。

結果議論がよくできたのは、submitした翌日、月曜の朝のチームミーティングだった。完成した資料をみながら数字の前提の確認等がメインにはなったが、話していると自分の頭もより整理されるしより良くするためのアイデアがもらえたり気づくきっかけをもらえたりする。

限られた時間の中での話だから、全体としてどれだけの時間を投入できるのか、どこまでつくりこんだタイミングであれば上手い議論ができるのか、という点考える必要はあるが、一人でつくりきるよりチームの力でつくったもののほうが良いものになるなと感じた。


行動・結果を通じて伝えるメッセージは強い
英語力にも起因しているかもしれないが、言葉を尽くすより自分の行動で見せる方がよほど強くメッセージできる、相手に伝わると感じた経験でもあった。仲間がみな感謝してくれたし、プレゼンできを褒め称えてくれた。一緒に担当していた仲間もキャッチアップして一緒にプレゼンに臨んだ。限られた時間の中で最善を尽くしてくれたと思う。

言葉だけでなく行動で、そして結果で自分のコミットメントを伝えることで、周りも一緒に盛り上がることができたかなと思う。


チームに所属する意味は、チームに所属しているときとしていないときのふるまいの差分だ。

例えば信頼関係。誠実な人や優秀な人を信頼する。誠実でない人、力のない人を信頼しない。恐らく当たり前だ。しかしそれをチームメイトに対しても同様に適用するのなら信頼関係に関してチームに所属する意味はない。チームメイトだから誠実にみえずとも信頼する、優秀でないかもしれないけど信頼する。程度問題こそあれ、このふるまいの差分がチームに所属する意味だ。


例えばチームワーク。自分のスケジュールに余裕があるからサポートする。余裕がないからサポートしない。恐らく当たり前だ。しかしこれをチームメイトに対しても同様に適用するのならチームワークに関してチームに所属する意味はない。チームメイトだからこそ自分に余裕がなくともサポートする。このふるまいの差分がチームに所属する意味だ。

勿論ここに書いた逆の話もある。チームだから甘えられる、許されることというのもあるだろう。何にしろ、チームに所属する意味、そのチームでいる意味を高めたいのなら、難しいシチュエーションでこそ相手を信じ、自分のリソース(含む時間)を相手に割くことだ。いつもうまくできるわけではない。少なくともどうしたいかというスタンスは貫くべきであると思う。それによって相手をうまく支えられない場合、信頼出来ない場合における自分のふるまいは大きく異なってくる。


相手と過去は変えられないが自分と未来は変えられる。相手ではなく自分に、過去にではなくこれからにフォーカスして行動していくことが大切だ。
# by sagad | 2013-02-27 01:08 | MBA
Marketing Planning and ImplementationのクラスのアサインメントであったMarketing Planのプレゼンも何とか終わった。このアサインメントを通じて得られたチームワークに関する気付きは別途振り返りたい。

今日はプレゼンテーションの資料をつくる際に、これを抑えておけば最低限の質を担保できる2つのロジックについて簡単に書いておきたい。
Horizontal Logic
Vertical Logic
の2つだ。それぞれの説明に入る前に前提を書く。
プレゼンテーションの各スライドに、そのスライドで伝えたいメッセージが明記されていること
2つのロジックについて説明する。


Horizontal Logic
プレゼンテーション資料のヘッドライン(明記した書くスライドのメッセージ)をつなげるロジック。例えばPowerPointであればOutlineモードにすると簡単に一覧できる。この書くページ数十文字のメッセージだけを読んだ時に、ストーリーとして繋がっていない、ロジックが通っていない場合、その資料はあなたがプレゼンテーションを通じて伝えたいメッセージを十分に支えていない。

Vertical Logic
プレゼンテーションの各スライドのヘッドラインとボディ(ヘッドラインの下の空白。スライドの大部分を占める)をつなげるロジック。例えばPowerPointであればスNormalモードにすれば一目瞭然であると思う。ヘッドラインに書いてあることをボディにあるサブメッセージ(表現方法はグラフかもしれないし、表かもしれない)の関係を見た時に、ロジックが通らない場合、そのボディはあなたのヘッドラインを支えるのに必要十分になっていない。


最低限、上記2つのロジックを担保することで、最低限、ロジック・ストーリーに飛躍のないプレゼンテーション資料がつくれる。

このロジックに従って資料をつくっていると、自分の言葉遣いに対する感度、グラフや表に対する感度、色使いに対する感度があがるはずだ。自分が伝えたいメッセージを表現しない、価値のない言葉は使わなくなる、メッセージを支えるのに適当でないグラフは表は使わなくなる。グラフは表の形・レイアウトは勿論、その中に含める情報とその順序も然りだ。そして色使い、なぜこの要素とこの要素の色は違うのか、なぜグラデーションなのか、なぜその色なのか。全てがメッセージを支えるという目的に照らして評価されるはずだ。


ロジックを考える順序も上記の通り。まずHorizontalプレゼンテーションの目的を達するために必要なロジックとストーリーを考える。そのメッセージをスライドに割り当てていく。次に、各スライドのボディに必要なサブメッセージを展開し、それを伝えるのに適した表現方法(グラフ・表・テキスト)を選択する。ここには例えばグラフであれば種類、盛り込む情報の決定も含む。最後に見た目直し。各スライドのメッセージを明確にサポートするために色使いのメリハリ、テキストの大きさのメリハリ、オブジェクトの位置のメリハリをつける。


#これはエンターテイメント系のプレゼンには向かない。
# by sagad | 2013-02-26 03:03 | MBA