a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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2nd Termを振り返る

金曜日で2nd termを終えた。振り返りたい。IESEの2nd Termの特徴が何であったか / どのようなチャレンジがあったか、どのようにハンドルしたか、何を得たのか。3rd Termで何にチャレンジするか。



IESEの2nd Termの特徴はチームアサインメントが多いことだ。ケースの量は1st Termと変わらないのでそこにチームアサインメントの負荷が加わる

通常のケースに加え毎週1つ以上のアサインメントがあった。ショートレポートもあればプロジェクト型のものもあった。普段のケースディスカッションの準備にかかる時間加えて、それらアサインメントに取り組む時間が生じる。



どのようにハンドルしたか。3つの点をおさえた。まずチームアサインメントは分担すること、次に手を動かす前に頭を動かすこと、そして良く寝て運動すること


まず全てのアサインメントに全員が同じ度合で参画することは避けた。非効率だからだ。アサインメントを小規模プロジェクトにしてプロジェクト型のワークスタイルにした。各アサインメントの主担当は2-3人で他はサポート。主担当が少ないほどオーナーシップが生まれやすい。勿論全員でチームとしてこの内容で良いのかと議論する場は設けていたが、その時も主担当がいた方が意思決定しやすい。


次に、特にプロジェクト型のアサインメントでは手を動かす前に頭を動かすことを徹底した。限られた時間の中でアウトプットを出すのにボトムアップでは非効率的で価値も出ないからだ。ボトムアップのスタイルでは、一生懸命調べものをして、使い道の定まっていないアニュアルレポートやらニュースやら何やらが山のように集まったもののso whatがなく、残り時間が少なくなってからロジックやらメッセージを考え始め、時間がないから皆が不満を抱きながらありもので成り立つメッセージでありロジックでありに落ち着く。得てしてロジックはよれ、て一貫性もない、妥協の産物になる確率が高い。その状況は避たかった。

こたえるべき問は何か、満たすべき前提条件は何か。そこをおさえたらまず問にダイレクトに対応するこたえを考える。それをサポートするために必要なパーツを考える。各パーツが出すべきso whatも仮説で書ききる。それをサポートするために必要な情報、必要なチャートの形でありまで想定する。

ここまではパワーポイントのアウトラインでもただのメモ帳ででもいい。Horizontal LogicとVerticalロジックを通してその表現方法の目処までつけておくということだ。

これができて初めて調べ物に着手する。上記があるからこそチームでタスクの分担ができる。チームワークが成り立つのだ。上記の準備がなければタスクの分担は難しい。例えば企業の競争戦略を立ててコンサルタントの立場でプレゼンしなさい、というアサインメントに取り組むときに、ロジックがなければタスクの切り分けもできない。適当に切り分けたとしても、各タスク(例えば自社分析、競合分析、市場分析)と分けたとしても、最終的に戦略は結果単独から生まれるものではない。何がどうなっていればどういう戦略をとるべきだと言えるのか、そのロジックが固まっていなければ結局調べ物をしたものの戦略をアウトプットできない、”対象企業がとるべき競争戦略は何か?”という問に答えられないのだ。

ただ、上記は自分がオーナーのアサインメントに限定された。このスタイルに慣れていない人は”何も情報がないからわからない。調べてみないとわからない”で思考停止してしまうからではないかと思う。実際そういうシーンはあった。加えてやってみてもメッセージが浅くてどうとでもとれる、もしくはHorizontal Logicが通っていないけどなんとなくで走り始め、結局あとからロジックの整理をし直す必要に迫られた。


そして良く寝て運動した。睡眠時間はテスト直前の2-3日を除いて6-8時間確保した。また週末1-2回のジム通いを続けた。睡眠は十分であったと思うが運動は不十分だと感じている。

頭を元気に保っておく必要がある。なぜなら、自分の経験から、頭がつかれていると1.物事が決められない、2.戻れない、3.集中できない、4.記憶できない、5.計算できない、といったデメリットがあるからだ。プロジェクトの山場であるとかプレッシャーが大きくあり期間が限られているならいい。しかしこのケースはそうではない。

物事が決められないというのが最大のデメリットだ。結果、物事を決めるという行為自体に時間がかかる、迷うだけの時間が増えるのだ。例えば先程書いたプロジェクト型アサインメントでいえば、メッセージを決めるのに時間がかかってしまう、即決できなくなってしまうのだ。限られた時間で、決められないと、その理由として、決めるための情報がないのではないかと考えだす。情報があればわかると単純に思うのと、それが後ろのタスクにつながるとわかっているのでそうしたくなるのだ。やってみた結果は上記の通り、情報だけ増えて結局決められない。そして時間切れでロジックも通せずに妥協だ。そして疲れと責任感が一層意思決定能力を鈍らせ、睡眠時間を削り、一層疲れるという悪循環に陥る。

頭が元気なだけで決める力は増す。往々にしてアウトプットの質もこちらのほうが良い。

次に苦しいのが戻れないということだ。ポジションを決めた、手を動かして情報を処理し始めた、その時にポジションを変える必要が生じることはままある。これが仮説検証のサイクルであり、それを限られた時間で回すために最初にロジックを通し仮説でこたえてから検証していく。

が、頭がつかれていると、自分の仮説が棄却されたときにスタートに戻る力がなかなかでない。結果は妥協の産物だ。限られた時間の中でサイクルを回していくためには、やはり頭が元気である必要がある。睡眠時間を削って戻る時間を確保するという考え方もあるだろうが、そのために失うものの方が大きいだろう。



得られたものはチームでのポジション

チームでのポジションがつくれたのではないかと思う。周りのイメージも想定含めて書くとこうなっていると思う。

・ロジカル
・物事の構造化がうまい。はやい
・ホワイトボードの使い方がうまい
・プレゼン資料をつくるのがうまい。はやい
・一緒に働くと窮屈(働き方が違うし、ロジックとその表現方法となるとディテイルまで徹底するし)
・口数少ない
・英語下手
・謙虚
・主張が弱い(自分の担当するアサインメント以外)

議論云々ではなく、自分のオーナーシップとアウトプットを見せられたのが良かったのだと思う。一緒にそのアサインメントを担当したふたりとは仕事の仕方とその価値を共有することができた。


3rd Termでのチャレンジは2つ。自己主張すること。今の3倍程度話すことクラスでもプライベートでも。


まずもっと自己主張せねばならない。上記、ポジションをつくれたといっても自分がそれを発揮するのは自分がオーナーのアサインメントに限っていた。他に関しては他のオーナーがいるし、彼らのやりたいやり方があるだろうしと。他のプロジェクトついてもロジックを組んで各メッセージをパワーポイントに落とし、どういう情報・チャートで表現するべきかを示したが、それだけでは動けないし、プレゼンの好みの違いもある(本来聴き手に従う)。

例えば僕はプレゼンで色は2つ3つしかつかわない。自分の伝えたいメッセージを最も強く表現しているものにアクセントカラーを使う。他は黒もしくは墨色。後は見やすさの観点から1色足すなり濃淡を加減するなりする。意味のないものは色も含めて一切省く。イメージを使うこともあるが、それは最後、メッセージを表現するのに適切だと考えた場合に選択する。

一方で人によってはイメージを多用したい人もいる。裏にロジックが通っていてファクトに基づいていれば良い(アサインメントの枠を超えてみれば良くない。プレゼンされないと意味がわからない資料になっているからだ。プレゼンを聞いた後の使い道が制限される。凝っていればいるほど。また企業相手であれば社内の意思決定プロセスを通すにはビジュアルだけでは難しい場合が多い)

何れにしても、自分が担当していないアサインメントに関しても、自分が考えるメッセージでありロジックでありは主張しなくてはならないなと感じた。でないと後々のアウトプットを見た時に納得ができないというケースが生まれる。オーナーは自分ではないといっても、それがチームのアウトプットなのだ。


次に、もっと話す量を増やさねばならない。クラスでもプライベートでも。英語力がまだまだ不十分だからだ。勿論英語の練習のために話すというわけではないのだが。


ということで短い休みだけど英気を養って、3rd Termも元気に走りぬきたい。
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# by sagad | 2013-03-24 17:33 | MBA
土曜日に文化祭があった。Multi Cultiという名前。会場はPoble Espanyol de Barcelona。直訳するとバルセロナのスペイン村。その中の奥まったところにある大きなテントが会場だったのだがそこにつくまでの街並み?が美しかった。
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IESEへは60近くの国々から学生がやってきているが、そのうち23カ国がブースを出してそこで国々のお酒であり料理でありをサーブする。またテントの中にはライブの設備を持った舞台があって各国趣向を凝らしたパフォーマンスをする。てっきり賑やかなお祭りを想像してやってきたが、実際は想像を遥かに超えるテンション。18時から24時という開催時間を考えれば想像ができたのかもしれない。最終的にはドーム内がクラブと化していた。
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その後(って午前1時過ぎ頃だろうか)、多くはクラブへ流れたと聞いた。

そんなエネルギー溢れる文化祭から感じることが幾つかあったのでランダムに書いていく。

皆が自分の出身国を楽しむ
皆が自分たちの出身国のトラディッショナルな格好をして、パフォーマンスをして、心から楽しんでいたように感じた。アゼルバイジャン出身のクラスメイトがいて、確かClass of 2014でひとりだと聞いた気がしているのだが、彼はアゼルバイジャンの国旗をマントとして纏って会場で楽しんでいた。国ではなく個人による話だが、自分がもし1人でここに来ていたら僕は日本の旗をマントにしていただろうか、とふと考えた。

皆踊れる
パフォーマンスの多くはダンスを含んでいた(一部プロレスを含んでいたし、キョンシーを含んでいたし、殺陣を含んでいた)。皆上手い。勿論踊れるからステージに立っているのだと思う。それにしても。会場でリズムにのっている人も自然体。とても楽しそうだった。
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皆好奇心旺盛で仲間の国を愛する
飲んだことのないお酒、食べたことのない料理。友達に薦められるまま皆チャレンジする。とあるテーブルでカラのコップを渡されたと思ったら液体がちょこっと入っていて、とても強いお酒だという。飲んでみた。確かに喉とお腹が熱くなった。アルコール度数60-70%程度とのこと。名前を忘れた。
韓国出身の若者はお祭りが始まって早々ドイツ人のクラスメイトにショットを薦められて飲んでいた。それのせいなのかはわからない。数十分後会場であったら当初着ていたチマ・チョゴリ?(少し違う気もしたがその雰囲気のキレイなドレス)ではなく普通の格好でよれよれになっていた。無事だったので何より。
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酔うと平和に?騒ぐ
これは若いからなのかどうなのか。酔うと(テンションが上がるとなのかもしれない)、広いスペースがあったら肩を組んでワイワイ騒いだり、冗談でソフトにタックルをしてみたり。まあ、普通の酔っぱらいと言えば酔っぱらい。普段冷静なクラスメイトが騒いでガードマンにそっけなくいなされる姿は、”ああ、こういうの学生らしいな”、と感じさせる瞬間だった。

クラスとは違う一面が見られる。能く学び能く遊ぶ
仕事と同じように考えたらわかりやすいのかもしれない。クラスはon、他はoff。クラスでは見せないような一面がたくさん見られる。それぞれ目的を持って集まっているし、MBAでの学習であり議論でありを通じて成長するために力を注ぐ。が、遊びも皆かなりのエネルギーを注いでいるんだなと感じる。人によると思うが、自分の生活のリズムであり時間配分でありを管理できていないとここまで一生懸命学び一生懸命遊ぶというのはできないだろう。

皆とってもいいやつだと思う。そして自分は日本について知らねばと思う
いいやつばかりだと思う。ぶらぶらしていたら声をかけられてFecebookにupしてきたこれまでの写真のことを覚えていて褒めてくれたり、先日のOMOTENASHI NIGHTの感動を改めて語ってくれたり、日本が大好きだ、日本人の仲間が大好きだ、尊敬する、僕は日本から学ばなければならない、と話しかけてくれたり。ポジティブで、酔もまわっているからそういう話になっているだけなのかもしれない、誰にでも何にでも同じようなことを言うのかもしれない、そのあたりは分かっていないのだけど、そうやって言われると嬉しいのと同時に、日本の良さ、学ぶべきだと言われる点について自分がもっと学び、自覚せねばならないのではないかと思わされる。


結局1時頃に会場を後にして、それから遅めの夜ご飯を軽く食べて帰った。行って良かったと思う。
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# by sagad | 2013-03-19 03:51 | MBA
今日のマーケティングのクラスは、イノベーションを起こすには、イノベーティブな組織でいるためには、トップマネジメントと組織文化が鍵だという言葉でクローズした。周辺にはいくつかの重要な要素がある、が、最も重要なのはそれら2つだと。

反射的に、

”論外。ナンセンス。”

と思った。

コンサルティングの観点からして、直接手を入れるのが不可能なものだからだ。イノベーションが必要な企業に対して”トップマネジメントと企業文化を変えればイノベーションが起こせます”という話はない。

企業に務めている人間としても難しい。トップマネジメントを変える、企業文化を変える、どうやってやればいいのか?という質問が即座にでるだろうし、実際に文化を変えてうまくいきました、という話は僕は知らない。試行錯誤のすえブレークスルーを果たし、振り返れば文化と思しきものも変わっていたという話ならまだしも。


しかし、これから自分の企業を興そうとしている人にはどう映るだろうか。


自分がトップマネジメントなのだ。将来の自分の一挙手一投足が(直接触れることのできない)企業文化をまず形成するのだ、そしてそれがどのようなものになるかが起業した先イノベーションを生み出し続けられるかどうかを左右するのだ。そのためにこのケースの主人公(トップマネジメント)がどういう場面で何をしただろうか、その結果何を得られただろうか、彼から学びよりうまくやるためにどういう改善ができるだろうか、事業の違いに鑑みた時にアジャストするべき点/せずに使える点はどこだろうか。そもそも直接触れられない文化がこれほど強いものであり続けられている理由はどこにあるのだろうか。トップマネジメントだけに依存するものなのだろうか。プロセスはどうか、組織体制はどうか、仲間(従業員)の知識・スキル・経験はどうか。もしトップマネジメントのみに依存するのだとしたら、自分がこの事業を手放すとき(新たな事業を起こすのか、リタイアするのか、等)後継者がいる必要がある、そこはどうすればいいのか、ケースの主人公波動したのだろうか。etc...


学びの塊だ。


どのレンズを通してみるかで情報の価値、学びの量は大きく変わる。


以下追記

リーダーという観点からすれば少なくとも自分の組織・チームに於いてはトップでありその中での文化の形成に関しては直接影響を及ぼせるのではないかとふと考えた。結果、クラスに臨む自分の視野が狭かった、視点が低かったのではと思う次第。
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# by sagad | 2013-03-15 00:43 | MBA
この2冊をおさえればプレゼン資料の見栄えを良くできる。資料の見栄えが醜くて読まれない、見られない、価値が伝わらない、という事象は回避できる。

プレゼンテーションも資料もシンプルなほどよい。

プレゼンテーションをシンプルにしようとすれば自然とその構造の無駄をなくそうとする。行ったり戻ったりをなくそうとする。

資料をシンプルにしようとすれば自然とその資料・ページで言いたいメッセージをシンプルにしようとする。メッセージをシンプルにしようとすれば自然と何が本当に自分が言いたいことなのか研ぎ澄まそうとする。

その過程で、シンプルでない構造がどれだけ聴き手を混乱させ、コンテンツの価値を毀損しているかを知る。

シンプルでない資料がどれだけ自分の伝えたいメッセージの邪魔をし、コンテンツの価値を毀損しているかを知る。

構造でありデザインを良くすることは聴き手に対する最低限の敬意であり礼儀だ。

敬意を払い、礼儀をなすだけでは価値はうめない。

しかし価値があっても相手に敬意を払わず、礼儀を欠いて損をするケースは多いのではないか。

ノンデザイナーズ・デザインブック [フルカラー新装増補版]
Robin Williams (著), 吉川 典秀 (翻訳)


プレゼンテーションZen 第2版
ガー・レイノルズ (著), Garr Reynolds (著), 熊谷 小百合 (翻訳)

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# by sagad | 2013-03-13 01:43 | MBA

OMOTENASHIのちから

この土曜日に、IESEの日本人1年生でJapan "OMOTENASHI" Nightと称して同級生をもてなした。

背景は昨年のThanks Giving Charity Auction。IESEで毎年行われているイベントで、思い思いのチームがものやことを出品しオークションにかけられる。落札されたお金は全て寄付にまわる。日本人チームで出品したのが上記、Japan "OMOTENASHI" Nightだった。

(おそらく)日本であり日本食に興味のある同じく1年生のチームが落札した。オークションの場には僕はいなかったが、それなりに盛り上がったようで嬉しい限りだ。もっと言えば、僕は当日カメラマンとして参加したのみで、会場の選定・交渉、当日のコンテンツの企画・準備、当日の仕切りにはほぼ関与していない。限られた時間の中で素晴らしいおもてなしを提供した仲間には頭が下がる。

企画のやりとり(ミーティングでありメールでありでのディスカッション)はみていた。この過程自体にも大きな価値があると感じていた。そもそも日本をどうメッセージしたいかという話とどうしたら来ていただけるゲストの方々に満足していただけるか、そこに関して十分な議論が尽くされていたと感じている。

日本の宴会のクオリティの高さは(様々な伝わり方をしているが)有名だ。ではその宴会芸を磨いて披露するべきか。しかし宴会芸(色々ある)イコール日本のおもてなしなのか、という議論もあった。それはあくまで一つの側面に過ぎない。実際に宴会芸というものに慣れ親しんでいるバックグラウンドの日本人もいれば、まったくそうでない人もいる。確かに盛り上がるかもしれないし、楽しんでもらえるかもしれない、しかしそこだけを強調することが自分たちが伝えたいメッセージをサポートするのか、という議論だった。

最終的には、静と動の織り交ざった素晴らしいコンテンツが練り上げられていた。

こうしたやりとりから僕が感じたのは日本の文化の厚みだと思う。僕が文化について無知だということも多分に手伝ってだと思うが。

お店の中ひとつとっても、食事そのもの、器等のファシリティ、建物の内装、衣服、立ち振舞、全てが共通の文化でつながっている。茶道や書道に関してもその一挙手一投足(特に茶道)でありすべての道具に役割があり意味合いがある。そして宴会になれば、宴会芸に関しても、先述のものと歴史の長さ・重みは違えど、共通のものがある。
欧米でもそれなりのレストランへ行けば雰囲気はあるだろうし、クラブにいけば宴会芸というかゲームのようなものはあるだろうと思う。ただその根底に文化が受け継がれているか、存在するかというと僕はそれを知らない。珍しさもあるのかもしれないが、普段でもこのディナーを通じてでも、海外の方が日本の文化に触れた時の驚きや感動を見ると、他にはないもの、素晴らしいもののように感じる。


そして土曜日、とても素晴らしい夜であったと思う。


直前まで準備をしていても、本番でその場の雰囲気であったりゲストのテンションであったりに応じて、その準備したコンテンツを引っ込めて柔軟に立ち回れるというのも素晴らしいことだと思った。そうした相手が心地よい時間を過ごせる、満足できることに焦点を定めて動くというのは考える以上に難しいことだ。どこまでが文化に依存する話で、どこからが個人に依存する話なのか自分の中で曖昧ではあるのだが、日本人のおもてなしを心ゆくまで楽しんでもらえたと思いたい。

翻って、おもてなしというのを一流のサービスと置き換えて考えると、頭に浮かぶのはリッツ・カールトンであったりする。日本の旅館でありホテルであり料亭でありレストランでありにも素晴らしいサービスがあると信じているのだが。単に自分の無知に端を発する話であれば良いが、日本の素晴らしさがうまく伝わっていなかったり、活かしきれていなかったりするのだとすると、少なくとも自分が届く範囲においてはキチンと伝えて行きたいと思う次第。
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# by sagad | 2013-03-06 01:08 | MBA

質問の質と順位

今日は朝からパネルディスカッションを見てきた。テーマはGlobal Business Outlook: How global companies look at the worldで、登壇者は3人であった。メディア業界から1名、同業界SMEとしてコンサルティングファームのパートナーが1名、そしてHoward Stringer。

時間は90分、AudienceはIESEの学生で、100名程度だったか思う。内容はさておく。ふと思ったことがあったのでここにまとめておきたい。ケーススタディに参加している時もそうだし、パネルディスカッションを聴いてる時にしてもそうなのだが、質問するのが上手い人がいる。どんな条件を満たしているか考えてみた。
・理解が示されている
・不明な点(知りたい点)が示されている
・それを明確にしたい理由が示されている
・シンプルである
・ポジティブである
・知りたい意欲が示されている
次に質問の順位について。最も大切なのことは、上記を満たしている質問をすることだ。次に大切なことは、上記を満たしていない質問をすることだ。それについで、質問は見つからなかったが話を聞く前に持っていた質問候補が全て解消されていることだ。そして避けるべきは問もなく漫然と参加し、漫然と話を聞き、何を得たかも自覚せずその場を後にし、参加する前と全く同じ行動をとり続けることだ。

質問の価値の受け手は少なくとも3種類いる。聴衆、話者、事務局含む関係者だ。

聴衆は質問によってその場に臨んだ目的と現実のGAPを埋められる
話者は質問によって新たな視点・発想を得られる場合があるし、質問に応えることで聴衆に対する提供価値を高められる
事務局は、上記のように質問を通じて聴衆と話者の満足度が上がることで、その場を提供したことの価値が高められる

従って、聴衆は聴衆の立場だけを考えれば、目的と現実にGAPがなければ質問する必要性はないが(それは素晴らしいことであると言えると同時に、話者・事務局がプレゼンを通じて新たな疑問を生じさせることができなかった/発想を進化させられなかったという捉え方もできる)、それでも質問をすることで話者・事務局への提供価値を高められる。それは今回のケースであれば自分たちであり所属する組織の素晴らしさを伝えられることになり、それは今後より魅力的な場を獲得できるきっかけにもなり得る。聴衆間で理解度の違いもあるだろうからそこに対して役立つ場合も多い。


こうして考えながら自分の今回のパネルディスカッションへのスタンスを省みる。


これから良くしていこうと思う次第。

何事もインプットしないよりした方がいいという考え方もある。頭の中に放り込んでおけばいつか役に立つかもしれない、他の知識や経験とつながることで面白いものが生まれるかもしれない。ただ、それにしてもその場をつくるために関わっている関係各位を考えれば、ちょっとしたことであっても質問するべきだろうし、やはり上記の様な将来の可能性を考えているなら、自然と質問も浮かんでくるのだろうと思う。
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# by sagad | 2013-03-02 04:37 | MBA
ホワイトボードに自分の意見を構造化して話をするというのがチームの中で流行りだした。嬉しいことだ。ミーティングのゴールが設定されていなかったり、絵やツリーを描いてもSo whatがなかったりするし、その絵の中で縦と横の空間の意味づけがなかったりオブジェクトの形や矢印の意味合いがバラバラだったりするが、それでも見ていて微笑ましいし楽しい。

面白いもので、こうして議論をし始めるとチェアする人がその前にするべきことを自覚しはじめる。構造が必要だ、メッセージが必要だ、そのために少し下調べをしておきたい、そうしないと議論の土台がつくれない等。

プロジェクトのワークスタイルに従えば、プロジェクトの目的があって、期間があって、出すべきアウトプットがあって、そのアウトプットに必要な構造があって、その構造の中身をつくるタスクがあって、途中段階の結果に応じて以降の方針を決定するマイルストーンがあって、タスクを実行する中で必要なコミュニケーションの頻度とアウトプットとマイルストーンに従った各コミュニケーションのアジェンダ(ミーティングプラン)がある。

それに倣うことが目的ではない。皆で試行錯誤しながら前に進んでいきたい。その過程でこれまで以上にチームでありチームメンバー各人でありの役に立てれば嬉しい。
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# by sagad | 2013-03-01 00:27 | MBA