a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2012年 08月 ( 7 )   > この月の画像一覧

(8/19のフライトの際に書いていたので、少々前の内容になります)



あっという間に日本を離れバルセロナでの生活を始める。荷解きして、申請していたNIEを受けとって、家にネットをひいて、細々した日用品を揃えたらいよいよだ。今週はプライベートの予定を幾つかいれながらスペイン語の勉強、来週からはスペイン語の集中クラスが、9月からいよいよMBAのコアクラスが始まる。

目標も妥協なく決めた。やり方をどれだけ工夫してもできなかったら変えればいい。現実を経験する中で自分が変わればその時もまた変えればいい。理想を描く時点で妥協は不要だし、限られた想像力で描いた目標を違和感を抱きながら追いかけることもまた不要だ。ただ、なあなあにではなく、明確に本当に目標を変えるべきなのかは自分に問いかけて進みたい。


社会人になってから実家にこれだけ長く(2.5週間)いたのは初めてのことだった。家族は勿論、地元の大切な面々とも沢山の時間をつくることができた。東京で仕事をしているときにはなかった気づきも得られた。上記の通り何事にも妥協なく臨むけど、これまで仕事に時間を投入し過ぎていたかな思ったり。効率を十分に上げられていなかった。もっと自分を落ち着けて生活に臨むことが必要だったかなとも思った。東京の自分の生活や部屋の荒れ具合と実家での生活を比較すると。

クラスのほぼ全てがケーススタディで、2年で数百のケースに臨むことになる。ディスカッションは全て英語。加えてスペイン語のクラスもあるし、その他自身の望むチャレンジがある。ストレッチするに適した環境だと思う。

臨むマインドはコンサルティングでクライアントに臨む際と同様だ。

他人に自分に常に真摯に誠実にいたい。正念場は腹を据えてど真ん中にいたい。クラスメイト・チームメイトは常に理想のメンバーであると信じたい。そのチームだからこそのアウトプット・なせる成長にリーチしたい。仲間へ自分ができる貢献は何でも全てしたい。


後は、目標にもつながってくるけど、全力で遊びもしたい。沢山旅をしたい。沢山の仲間をつくりたい。スペイン語も英語のように使えるようになりたい。



ということで、バルセロナ生活、始めます!
[PR]
by sagad | 2012-08-23 22:58 | MBA

何であれひたむき

東京にいた頃の気の置けない友達との会話で妙に頷いた話があった。
留学生活について話をしていた。とりとめなくのんびりと。やりたいこと沢山あるが全てできるかなー(やるのだけど)だったり、スペイン語どこまで身に付けられるかなーだったり。その他諸々。全て自分次第と思いつつ何となく言葉にする。なので相手からも特段返事があるわけでもない。

結構タフな2年になりそうだけどどうなるかなー、と口にすると相手が言った。

”心配しなくても間違いなくタフな2年になるって。だって、対象によらず、やりたいって思ったことはいつだって何でもひたむきにやって自分でタフにしてきたじゃん。”

ああ、確かに。。と頷いた。妙に納得した。

贅沢な時間の使い方をしてきたのだな、とも思った。
[PR]
by sagad | 2012-08-14 11:31 | Life
実家に戻ってきて一週間。バルセロナへ持っていく荷物/送る荷物/実家に置いておく荷物の準備もほぼ終わる。今は、読み切れていない本を読み、スペイン語の勉強をし、一部クラスの予習をしながら、家族であり地元の友達との時間を過ごしている。

仕事を離れて5週間程度。充電もでき、新たなチャレンジに自分を尽くしたいという飢えも強くなっている。

これまで築いてきた環境を離れる、関係を変えることへの幾つかの感情は、仄かに、でも消えること無く自分の中にある。これまでの自分のパターンから、この感情が大きくなり、整理をつけるのは環境が変わった後だ。新しい環境に身をおいて初めて気づくこともいくらでもある。それらに整理をつけながら新しい環境に自分を馴染ませる。便利なもので全てを解釈し置き場を見つけなくとも、保留するという選択肢もあるし、なにより自分のキャパシティを超えたら無自覚に忘れるという選択肢(ではないか)もある。


新たなチャレンジを前にして、沢山の方々から激励のメッセージをいただいた。本当にありがたく拝読し、解釈をさせていただいた。その中の1つについてここに文字にして残す。尊敬するパートナー、今は事業部のエグゼクティブになられている方からの、短いが濃密なメッセージだ。
何かにチャレンジすることは良いことです。ただし、初期の目的を達成できればの話です。いつでも応援しています。
何よりその人の背中を追いかけていたからこそ、口から発せられる言葉だけでなく実際の行動を目の当たりにし、一部共にしてきたからこそ、このメッセージの重みを感じる。

”何かにチャレンジすることは良いことだ”
その通りだと思う。自分の考えるチャレンジとは、”その時の自分でできるかどうかわからないことをやってみる”ということだ。水が流れるのを止めた途端に淀み始めるように、人もチャレンジを止めた途端にその人生は淀み始めると考えている。チャレンジが大きい必要はない、社会的に目立つ必要もない、他人に讃えられる必要もない。ただ、自分が既に”できた”ことの範囲に定住しないというだけだ。

人がチャレンジする姿をみても良いことだと感じられる。赤ちゃんがハイハイするのも、立つのも、歩くのも、子供になりはじめておつかいに行くのも、全てチャレンジだ。立ち上がろうとして何度も失敗する姿、そしてようやく立ち上がれた姿、それらは人がチャレンジし、失敗を重ねてもくじけず立ち向かい、達成する一連の姿と同じだと思う。

オトナになり、できることが増え、その組み合わせで生きられる安心を知り、できないことを見つける・挑み続けられることは減るかもしれない。それだからこそ一層、チャレンジを見つけ、それをし続ける姿は良いものに感じる、眩しく感じる。そんな事しなくても生きていけるのに、と流れることをやめ、淀み、安住(ともいえないかな)している姿とは比べるよしもない。


”ただし(チャレンジを良いことと言えるのは)初期の目的を達成できればの話だ”
チャレンジは良いことだ、でもチャレンジすること自体は目的には成り得ない。という事だと受け止めている。幾つものチャレンジをし続けることを否定するものではない。ただ、チャレンジをたくさんしたい!だからチャレンジする!という話ではないだろう、その先に目指す何かがあるからこそのチャレンジ達なんだろうという話だ。そしてそれはチャレンジを始めた時点で、内容も粒度も違うかもしれないけど、自分の中に目的として持っていたものなのだろう、それを忘れるな、必達だと。

この言葉が自分に響くのは自分とそのパートナーの特徴のコントラストが強いからだ。

自分は、良く言えばプロセスを楽しむのが得意で柔軟。悪く言えば初期の目的を忘れやすい。

パートナーは、目的達成に必要な戦略と行動を描き最短距離を走る。行動のフィードバックから次の行動・必要に応じて戦略を変える。どのような形であれ目的は達成する / 次につなげる。

タイプの違う人からの言葉というのはとてもありがたいものだ。そして僕は、このパートナーが実際に初期の目的を、不測の事態に陥ろうが何だろうが、達成させようとする姿、する姿を見ている。そうした、行動に裏付けられたメッセージというのは重い。そしてこうした行動を共にした方からのメッセージは、自分に、単に言葉としての意味ならず、その背景にある行動様式も想起させてくれる。

今回の自分のチャレンジにも勿論目的がある。本格的にチャレンジを始めるまえにupdateして、達成したい。


”いつでも応援している”
素直に嬉しい :D こういった言葉は大事だ。実際に1日24時間応援してくれているのか?という話ではなくて、そういう”気持ち”であり、固く言えば”覚悟”でメッセージを送っているということが大事なのだ。

チャレンジをし続ける上で無くしてはならないもの、それはチャレンジしようと思い続ける意志だ。

既に書いたようにチャレンジ自体が目的ではない。その先を見据える”志”がある。それはチャレンジしようと思い続けることを支える強い味方だ。しかし人はそんなに強くない。少なくとも今の僕は強くない。チャレンジがうまく行かなかったら、(目的達成の手段なのだから変えればいいだけのはずなのに)気落ちしてしまうこともあるだろうし、自分の志さえ強く持てなくなってしまうこともあると思う。一度の失敗ならまだしも何度も失敗を重ねたら。

少しでも”いけそう!”という感覚をつかめたら、他のすべての部分で失敗してもまた立ち上がって前に進められる。いけそう!という感覚が自分の意志を強くするからだ。

そうでないとき、他者からの支えというのは、自分の意志を強める素晴らしいエネルギーになる。人間弱っているときというのは、少しの支えであってもそこから大きなエネルギーを得られるよう、感度が高まっている(だから普段なら ? と思うことにも騙されたりもするのだが)。だからほんの一言であっても素晴らしい支えになるのだ。

なので、メールの最後にひと言添えられた”いつでも応援している”という言葉であったり、”自分のできることは全てする。何かあったらいつでも言ってくれ”というような言葉は、その厳密な実現可能性とは関係なく、本当に嬉しいものであり素晴らしいものなのだ。



短いひと言からも、自分の価値観を改めて認識し、足りない部分を知り、自分のチャレンジへのエネルギーをもらえる。こうしたつながりというのはかけがえの無いものであるし、大切にしていきたいと強く思う。
[PR]
by sagad | 2012-08-10 11:41 | MBA

西の魔女が死んだ

e0019200_18521329.jpg

西の魔女が死んだ
梨木 香歩(著)

アポイントの間に時間があったので手にした一冊。

魔女になるための訓練を通じて語られる言葉は力があり改めて自身を振り返る。魔女の生活、家や庭の様子の描写は美しく鮮明に自分の内側にイメージが湧く。その言葉を、ときににわかには受け容れられずとも、咀嚼し成長する主人公の姿、死に対する考え方の変化とその理解を助ける経験を辿る過程で胸を打たれる。

魔女の主人公に対する接し方、会話の運び方から学べることも多い。

ストーリーはこの場でなぞらないが、幾つか考えさせられる言葉が目にとまったので一部抜粋する。
P.70
悪魔を防ぐためにも、魔女になるためにも、いちばん大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にはとりつきませんよ。まいは、そんな簡単なことっていいますけれど、そういう簡単なことが、まいにとってはいちばん難しいことではないかしら
P.138
魔女は自分の直感を大事にしなければなりません。でも、その直感に取りつかれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうのです。直感は直感として、心のどこかにしまっておきなさい。そのうち、それが真実であるかどうか分かるときがくるでしょう。そして、そういう経験を幾度となくするうちに、本当の直感を受けたときの感じを体得するでしょう

[PR]
by sagad | 2012-08-09 19:08 | Book
e0019200_1814499.jpg

日本の未来について話そう

昨年の震災後手にしていた一冊。65名の方々がそれぞれ日本再生への提言を寄せられている。濃密。65の方々のバックグラウンドもビジネス、政治、アカデミア、文学、スポーツ等多岐にわたっており一冊を通じていくつもの日本の見方、解釈の仕方を学ぶことができる。

今の自分ではまだ理解の至らない部分もあるが、そういったインプットに触れることで、自分に新たなレセプターを備えることができると解釈している。内容が多岐に渡りこれまでの自分になかった視座に触れれば触れるほど、その後の自分の学びの器は大きくなる。ありがたい経験だと思う。

一方で自分の場合は、まずは言葉が自分の経験と矛盾せず、自分の主張が自分の行動・その結果に裏付けられているように生きることに集中しようと考える次第。自分の行動と矛盾する言葉は最終的には他者との信頼関係を損なうものであると考えるし、自分が影響を及ぼせない / 及ぼされない対象に関する言論に身を投じる前に自分ができること / 影響を及ぼせる範囲のことに集中したいと思うので。


日々精進。


印象に残った言葉を一部抜粋する。あまりにも多かったので、特に興味を惹いた2人の経営者からの提言のごく一部に絞って。
P.68
「日本の価値」とは、次の3つである。
 第1に、サービスの質。日本企業による消費者への対応は節度と謙虚さを旨としており、これほど信頼がおけて期待に違わないサービスは、他のどの国にもまずない。第2に、シンプルさを大事にする点。複雑な社会は混乱を招きがちだ。だが、日本では、シンプルさを大事にするがゆえに、それほど大きな混乱は起きない。日本人は自分のやるべきことをはっきり認識しているからである。第3は、プロセスを尊ぶ国民性である。日本人は、継続的な改善の達人だ。物事を実行していくのに、日本人ほど長けた国民はいない。
 集中、統制、たゆまぬ努力、そして質を体現し、加えて序列を重んじる。こうした価値は、日本企業がどこで事業を展開しようと通用すると私は考える。また、日本にはこうした価値を新しい現実に適合させていく態勢も整っている。

P.69
 日本人は変化に抗うため、日本企業の変革は不可能と見る向きも多いが、それは間違っている。日本でも幾つか条件さえ揃えば、どんな変革でもできる。日本では、変革をシンプルにし、しっかりと説明を行い、人々の気持ちを変革に向けさせる必要があるのだ。それができれば日本では何でもできる。私の経験では、日本ほど変革をやりやすい国はない。日本人は変革の内容と理由を理解するのには時間をかけるが、一度理解すれば実行は早い。

P.72
 日本が現状に固執しているのは、日本人が変わりたくないからではない。ときにリーダー層が、はっきりとした方向感を持っていないからだ。道に迷ったリーダーに誰がついていくだろうか。私が日本企業のリーダーに一つアドバイスするとすれば、それは時間をかけてビジョンを作り、それをシンプルにして説明し、人々にとって意味のあるものにすることである。リーダーにこれが出来れば、日本人は必ず変革を実現させるはずだ。

- Carlos Ghosn, ルノー取締役会長兼最高経営責任者(CEO)、日産自動車社長兼CEO
P.76
 日本のいちばんの問題は、保守的で臆病なところ、安定や安心や安全を求める傾向が強過ぎるところだ。
(中略)
 そもそも発展途上国を見下す姿勢がある。たとえ発展途上国の企業でも、自分たちより優秀ならば、相手から積極的に学ぼうとする姿勢を持つべきなのに、過去の成功が足かせになって、素直に学ぶことができない。
(中略)
 独自性が欠けている点も問題だ。全員が同じであるべきだと考える人があまりにも多い。
(中略)
 日本の企業はまるでバックミラーを見ながら運転しているような印象を受ける。内向きの傾向を強めているのだ。
(中略)
 今日の日本は、経済大国として臨んだ戦いに完全に敗北してしまったのである。それなのになぜ、いつまでも気づかないのだろう。なぜ失敗から学ばないのだろうか。

P.78
 失敗は決して心地よいものではない。しかし正しい視点を持っていれば、失敗は成功への糧になり得る。
(中略)
 日本人が排除しなければならないのは、日本ではこうあるべき、外国ではこうあるべきという思い込みである。日本人はホームでは大変な力を発揮するのに、ホームを離れると驚くほど弱い。

P.79
 私から日本の若者へのアドバイスはいたってシンプルだ。日本から出ていきなさい。

- 柳井正, ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長

[PR]
by sagad | 2012-08-07 18:58 | Book
e0019200_16165847.jpg

グローバルキャリア ―ユニークな自分のみつけ方
石倉洋子 (著)

グローバルキャリアについて石倉さんのお話を伺う機会があったのでそれに併せて読んでいた。『戦略シフト』の考え方 - オープン化、ORをANDにする、ユニークさ - を個のキャリアへ適用し、ユニークな自分のみつけ方に光をあてる。

まず雇用環境・仕事環境の変化を掴み、次にその中で上記3つを実践する心構えを説く。そしてグローバルキャリアへの実践トレーニングの手法が紹介あれ、最後はキャリア戦略シフトの実践を自身を含む8人を事例として紹介する。

この本の中でも触れられているし、自分自身も大切だと思っていることは、
P. 107
「活動の主役」はあなたなのです
という点に尽きる。あなた=読み手自身。

いつ、何を、どうするにしても、その全てのケースにおいて、最終的に意思決定を下すのは自分自身であり、その行動の一切の結果責任は自分自身にしかない、ということだ。

人間自分で直接変えられることもあれば、間接的にしか影響を及ぼせないものもある。変えられないものも多い。色々なシチュエーションがあるが、その中で日々生きている自分の行動の全ては、他人にやらされているのではない、自分がそれをやると意思決定を下し自分の責任で自分という人間と時間というリソースを投じてやっているのだ。ということだ。そして、いかなる環境下であっても上記の行動については自分で意志を決定する自由をもっているということだ。
P.106
大事なのは、ざっと状況を判断して、計画を変えたことが「自分の判断」であり、意思決定であると心に刻むことです。予定通り活動をしたいが、実際には時間も余裕もなくてできない、という状態が続くと、新しい問題に対しても集中できず、予定が達成できないという罪悪感が残って、精神的によくありません。新しい状況なのだから前に立てた予定通りにできなくてもかまわない、修正すれば良い、また状況が良くなったら始めればよい、と必ず「自分で」心に決めることです。自分が予定や計画を変えた本人だ、これは自分の意思決定なのだということを自覚することが大切です。(中略)繰り返しますが、「活動の主役」はあなたなのですから。


上記は、自分に振りかかる物事を”他責”にしないという考え方にも通じる。そして次に面白く感じたのは、
P.42
ユニークなプロフィールを見出す鍵となるのは、客観的(外面的)と主観的(内面的)な特色の組み合わせです。(中略)客観的(外面的)な特色とは、国籍、年齢、学歴、性別、資格、仕事の経歴・経験など一般に認めらており、何らかの基準によって誰でも判断しやすいあなたの側面を指しています。主観的(内面的)な特色とは、個人のパーソナリティ、姿勢、相性など、実際にその人と直接接触し、身近で一緒に活動しなければ知ることが難しい特色を示しています。
という点。なるほどと思う。

留学準備でEssayを書くために自分の人生を棚卸するが、その時に自分のユニークネスは、客観的(外面的)な特色を1つ1つバラバラに眺めてもそこにあることは少なく、それぞれにある主観性、そしてそのバラバラな経験をなぜ選択して今まで生きてきたか、点と点をつなぐ主観性を掘り起こした中にあることが多い。

ある経験をした人が大勢いても、その経験を、同じ原体験と理由づけから選んでいるひとはほぼいないのではないかと思う。そういった経験の選択の連続が人生だ。そう考えれば誰しもユニークなプロフィールをもっているはずだと考えたくなる。


また、肩の力をほどよく抜く、ロジックより直感に従う、いという点も言及されていてこれもとても良いと思う。色々なケースが有るのだと思うが、これまで論理的・計画的に自身の将来を魅力的に語っている人に出会っていない。彼/彼女らとの会話から感じることには3つのパターンがあった。

1つは、この人は本当に自分を理解しているのだろうかということ。論理構造やステップに関するwhyは話をするのだが、そもそもなんでそれをやりたいと思ったのかというwhyには触れない人が多かった。
1つは、この人は物事を構造化して計画的にアプローチするのが好きなんだなあ、ということ。その計画そのものの良さであったり、如何にリスクをヘッジするかといったことはとても楽しそうに話すのだが、その中身に対する興味はそれほど強くないのでは?と感じる人が多かった。やはりそこに主観的な話がないからだろうか。
1つは、そもそもなんでそこでロジックをつくったりステップを組み立てる必要があるんだろう?ということ。まずやってみて、いけたらそのまま走り続けて、ダメならそこから軌道修正をかけたらいいと感じるのだけどなんでいきなりまわり道の仕方を考えるのかと。軌道修正できないような話は、特に若いうちは、そんなにないように感じられて。

上記、誰しも真剣に自身のキャリアを考えられていた。論理的に説明をつけることだけが真剣に考えることではない。真剣だから自分の勘に耳を澄ませる、一度過去の自分が”してきたこと”を振り返りその理由を掘り起こしてみる、といったアプローチもあって良いのではないかと思うのだ。
P.53
好きなことが思い当たらない、考えられないという場合、どうしたらよいでしょうか。私の提案は、特技、好きなこと、できることにかかわらず、「好きらしい」ことから考えてみるということです。やってもいい、これは好きらしいということから手をつけてみるのです。
(中略)また、活動自体が好きなのか、あるいはそれをしている「人」や「環境」が好きなのか、と自分に質問してみます。
P.84
すべての可能性を考えて、良い点と悪い点を分析し、意思決定するやり方は、課題自体が複雑な場合や自分の調子が悪く、感度が悪い、つまり勘が働かなくて、多くの人の意見や参加が必要な場合以外は、あまり有効ではありません。(中略)それよりもその場での強いインパクトや鮮やかな印象が心に深く残っているうちに、行動に移すことが大事だと思います。
P.104
毎日の生活に少しでも新しい活動や作業を加えよう、生活パターンを変えようとする場合、肩の力を抜いて始めることがとても大切です。目標とするキャリアやライフスタイルを実現するために明日から生活を一変しようと大げさにしてしまうと、そのプレッシャー自体にまけてしまうことがよくあるからです。



キャリアを考える上で参考にできる理論や事例はいくつもある。ただまず必要なのは、日々の自分の意思決定に責任を持つことであると思う。全てが思い通りになる環境はそうそうない、ならないことの方が多いかもしれない、その中にあっても全ては自分が下した決定のもとの行動なのだという考え方が、自分の内面を強くするし、自分を自由にしてくれる。その結果その先も自分ユニークな人生でありキャリアを歩んでいける。
[PR]
by sagad | 2012-08-06 17:44 | Book

ものは少ない方がいい

今日東京の生活を終え、バルセロナへ向かう前にしばらく帰省。6月の末まで中国にいて、7月の頭から2週間はバルセロナにいて、そこから2週間程度で東京の家を空にして生活をたたんだ。間に合うイメージがわいていなかったのだけど何とかなるものだ。

痛感したのは、ものは少ないほうがいい、ということ。

実家も離れているのでほとんどのものを処分した。その過程ででてくるでてくる。使わないけど(から)家の中に放置していたもの。衣類、食器、衣類、靴、鞄、文房具、水まわりの道具、云々。

こういうの一切、家の中に溜めずに即座に処分した方がいい。ここの捨てる/捨てないの判断基準を甘くしてしまうと、あっという間に家の中にものが溢れる。ゆっくりと気付かれないように家の中で占めるスペースを増やす。でやはり家のスペースが狭いと / 散らかっていると気持ちも同様に狭くなってしまう。持ち物が多いほどその場所を動きづらくなる、何かにつけてフットワークの軽さも損なわれるように感じるし。


と、ものを処分して部屋が広くなっていく過程で気づいた。



バルセロナではものを増やさないようにしようと思う。必要最低限のもので生活を。何かを買ったら何かを捨てる。特に衣類等身に付けるもの。

部屋は広く保てるし、掃除もしやすいし、生活の場を今後移すときも手軽だし。

飛行機に積める容量のもので生活できるのがベストかな。スーツケース2つと少々。家具等はさておき。
[PR]
by sagad | 2012-08-02 18:17 | Life