a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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いつもとちがうはじまり

今回はプロジェクトのはじまりもいつもと違う。何かと新鮮だが早速いくつもの課題も見えてくる。最初は手探りだったけど徐々に現実がみえてくる。人がみえてくる。何をするにしても”初めてだから”で許されることは結構ある。そして初めてだからという話は最初しか使えない。今のうちに最大限活用して足元を固めておきたい。ここで失敗を恐れたり、何かいきなりホームランを打とうと力んでタイミングをずらてしまった挙句小さくまとまってしまう、というのはもったいない。
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by sagad | 2009-06-29 21:53 | Business

いつもとちがう終り

今日でプロジェクトに区切りがつく。最期のミーティングを終えて、入館証を返して、お礼を言って、建物を後にする。残作業はちょっぴりあるのだけど。いつもプロジェクトが終わると自分の中にぽっかり穴があいたような気持ちになる。ずっと走り続けて、まだ体も心も走るモードになっているのだけど、目的地がないからだ。走ったあとクールダウンが必要なように、プロジェクトの後もすぐにいきなり立ち止まって休むことができない。これまで目指した目的地がもうないことに、走る必要がないという状況に慣れるのに少し時間がかかる(勿論プロジェクト以外に目を向ければいくつも目指すところがあったりするんだけども)。

で、たまに、ようやく休むモードになったくらいのときに風邪をひいたりする。

のだけど、今回はちょっぴり不思議な気持ち。いつもと違う終りだ。1つあるのは来週からすぐに次のプロジェクトにjoinするという状況にあること。今のまま、むしろより加速度をつけて来週からスタートダッシュを決めたい。もうひとつはプロジェクト自体が今まで経験してきたものと少し違ったからかな。いろいろな初経験ができたと思う。その時点で学べたもの、これから学びを探すものあるけども。

週末に体を休めて、次の準備をしていきたい。
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by sagad | 2009-06-27 00:36 | Business

資料の目的

見た目美しい資料をつくれる人は多くみかけるのだけど、目的を考えずに資料を美しくする(それなりに手間をかけて)人も結構いるように感じる。それは非効率だ。そこに時間を投入しているという意味で。そして効果的とも言えない。クライアントとディスカッションをするためのペーパーであった場合ならディスカッションの幅を規定する枠になってしまうという意味で。

例えば、クライアントを理解しよう、お互いに知っている知識・考えている仮説をまずテーブルに並べてその筋の良し悪しをディスカッションしてみよう、と言うときに、コンサルタントが持ってきた資料が100%コンサルタントの主張する仮説をサポートするものであり、質はそこそこ、そしてそこそこロジックも担保されており、そして美しく図表が配置されてつくり切られていたとする。

その資料のクライアントへのメッセージは、”中途半端なロジックでものをいうな、この主張が正しいのだから受容れろ”となってしまうことが多い。資料がディスカッションを拒絶している上、説得までしようとしているように映る。

そう感じてクライアントは不快になる、そしてそこそこの質やロジックで言われても納得はできない。彼らは私達を理解する気がないのだな、且つその程度の主張を押し付けるのか、となる。でも資料を基に話をする(コンサルタントはそのつもりなので)、自然と資料のあら探しになる。俗にいうレビューモードのミーティングになる。

指摘事項をコンサルタントが直して持っていってまた自分達の主張を繰り広げようものならそのプロジェクトはむずかしいものになる。

仮説があるのは良い、それを主張するだけの裏づけを持てているのも良い。ただそれを全て資料に書ききってプレゼンしていてはディスカッションにならない、クライアントと一体になって頭で理解し、心で納得するようなものはできあがらない。

極論すれば論点と、その論点の理由を示す資料が1-2枚あればいい。仮説やらそれを支える情報やらは必要に応じて言えばいい、見せればいい。キレイにまとめられている必要は一切ない(かといって数字の羅列とかレポートの切り抜きの束とかではつらいが)。後はPCででもホワイトボードでもに書きながらディスカッションを進めればいい。


答えを期待していないときに無理やり答えとおぼしきものを持ってこられて、しかも最初から最後まで一方的に主張されるというのはおそらくとても居心地の悪いものだと思う。逆に答えを期待しているときに、答えを導き出すための論点の説明をされてもまたおかしなことになるだろうと思うが。
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by sagad | 2009-06-23 20:56 | Business

選択と集中

もう少し時間を投入する必要があるテーマの存在にきづく。いや、前々から気づいていたんだけどいよいよこれではいかんなと。本腰入れて行こうと思います。
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by sagad | 2009-06-22 21:50 | Business

海辺のカフカ

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海辺のカフカ (上)
海辺のカフカ (下)
村上 春樹 (著)

時間がないと言いながら週末つい手にしてしまって読んでしまってと。基本的に自分は小説を読みながらあれこれ考えるというよりはイメージに身を任せてその世界に浸る性質なのだと思う。本の最後に行くにつれて謎が解き明かされるとか、ちりばめられていたストーリーがひとつにつながるとかそういう話ではない(これは村上春樹の作品共通なのかな)。
自分の理解の範疇を超えたところで何らかのプロットがあるのかもしれない。そして登場人物もそれはわかっていない。そんな中で、ユニークなそれぞれのキャラクターがそれぞれの過去を抱え自分らしく生きている世界を感じることが心地よい。勿論その中には苦しいものもあるし哀しいものもあるのだけど。

印象に残っている言葉を一部抜粋。
上 P.384-385
「差別されるのがどういうことなのか、それがどれくらい深く人を傷つけるのか、それは差別された人間にしかわからない。痛みというのは個別的なもので、その後には個別的な傷口が残る。(中略)僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T.S.エリオットの言う<うつろな人間たち>だ。その想像力の欠如した部分を、うつろな部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そして、その無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に無理やり押しつけようとする人間だ。
上 P.400
「そりゃいい。だからね、俺が言いたいのは、つまり相手がどんなものであれ、人がこうして生きている限り、まわりにあるすべてものとのあいだに自然に意味が生まれるということだ。いちばん大事なのはそれが自然かどうかっていうことなんだ。頭がいいとか悪いとかそういうことじゃないんだ。それを自分の目を使って見るか見ないか、それだけのことだよ。」

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by sagad | 2009-06-22 21:38 | Book

葛西臨海公園

土曜日はレンズが届いたので昼に用事を済ませてから葛西臨海公園へ。天気も程よく気持ち良かった。久しぶりに潮風にあたった気がした。
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by sagad | 2009-06-21 22:01 | Life

ノルウェイの森

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ノルウェイの森〈上〉
ノルウェイの森〈下〉
村上 春樹 (著)

小説も読みたいなと思って、本棚の一角には小説のコーナーがある。読んだものもあれば読んでないものもある。割合は1:9位だ。その中の1つだったノルウェイの森に手を伸ばす。生活の中で仕事のウェイトが大きくなると仕事に関係ない本を読みたくなるというのは良くある話だと思う。読書に投入する時間を削っていたのだけどこの手の本は気持ち的にも内容的にも読みやすくていい。時間もさほどとらないしアウトプットを考える必要もない。

この本はとても自然な本だったと思う。本の中で何かしらのメッセージを明確に伝えるとか、ストーリーを完結させるというよりは、ここに登場する人物の人生の一部を時間軸で切り取って本という形にまとめた、と感じたからだ。当たり前なのだけど本の中で完結というか何かしらの結果が出る部分もあれば出ない部分もある。

そしてこの本はとても繊細な本だったと思う。精神のバランスを崩して治療を必要とする人間もいればそうでない人間もいるのだけど、それぞれの内面の描写がとても細やかに感じたからだ。紙一重というか。そしてそれをこれだけ文字で表現できるというのは素晴らしいと思う。

違和感なく世界に入ることができたような気がしている。

印象に残った部分(ストーリー関係なく)を一部抜粋。
上 P.67
だから読むのさ。他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。そんなものは田舎者、俗物の世界だ。まともな人間はそんな恥ずかしいことはしない。
下 P.189
「自分に同情するな」と彼は言った。「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」

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by sagad | 2009-06-21 21:42 | Book

企業復活

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企業復活 「日の丸ファンド」はこうして日本をよみがえらせた
小野 展克 (著)

最近読書に使う時間を削っています。が、それでも読んでいます。読み終わったということが久しぶりのこの一冊。もともと冨山さんの書籍を読んで、彼自身と産業再生機構という存在について興味があったので自然と手が伸びた(参考過去エントリー)。

産業再生機構ができた理由とその経緯、そしていくつかの企業再生の裏側が描かれている。直接活動に関わっていない方が書かれているのだけど、完全に客観的な視点から書いているわけでもない、が冨山さんの著作にあるような臨場感や現場の熱さのようなものもない。ただ、冨山さんの著作とはスコープが違う。この本は産業再生機構と再生対象企業とのつながりのみならず、産業再生機構と対象企業のメインバンクであり、政財界のステークホルダーでありとのつながりにおいて何が起こったのかも書かれている。

産業再生機構というよりは、企業再生と言う活動に興味があるという方は冨山さんの著作を読まれることをオススメします。

印象に残っている言葉を一部抜粋。
P.130
三井鉱山の苦境を反映して、工場への設備投資が遅れ、最新鋭と呼ぶには程遠いものだった。しかし、内部はきれいに整理整頓され、機器や設備はしっかりとメンテナンスされていた。何よりも、従業員が工場での仕事に誇りを持っていることが伝わってきた。
P.136
初期の案件は「踏み絵」になる。今回の査定ミスへの判断が、以後の再生機構の経営の方向性や、評価を定めていく。市場に対するシグナルにもなる。妥協してミスをごまかせば、支援先の企業や銀行からの評判は、一時的に良くなるだろう。
しかし市場は、いずれ再生機構の「緩み」を見抜く。つらくても、査定の誤りを公表すれば、最終的に市場の信頼は勝ち得るはずだ。
P.185
「会社法を素直に読めば、会社というのは事業の利害調整を目的としたある種のフィクションでしかないことがわかる。だから、人間が会社を使いこなさなければならないのに、日本では人間が会社の奴隷になっている。主従が逆転しているんだ。これでは誰も幸せになれない」

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by sagad | 2009-06-18 00:20 | Book

久しぶりの岩瀬さん

今日はセミナーで久しぶりに岩瀬さんにお会いする。ここのところしばらくお会いしておらず、先日メールを誤送信しそのついでに若干のやり取りがあった程度(しかもしょうもない内容を送ってしまった)。セミナーは英語で内容はMBAについてだったのだけど十二分に刺激をもらう。
本来やる気というのは自分の内側から湧いてくるものなのだと思うけど、継続的に湧き出るほど自分が人間できていないのかなんなのか。外からもらう刺激、外からもらうやる気というのも大切だと思っている。

セミナー後、久しぶりの挨拶と握手と少しの会話を交わして会場を後にした。
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by sagad | 2009-06-17 23:05 | Business

自覚なく焦る

週明け、自分が焦っていたことを自覚。自覚があって焦っていたりすることはあるんだけど(焦らずに急ぎたいものです)、自覚無く焦っていたことに後から気づくのはあまりないように感じる。最近並行して進めるタスクが増えたのもあるけど、ストレッチが必要な中、いつまでにどこまで行けば良いのか、ゴールと時間軸を設定していなかったことが大きかったのかなーと振り返る。

もう少ししたら現実的な計画を立てる材料を得られるので、そこから変えていきたいと思う。
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by sagad | 2009-06-16 11:56 | Business