a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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らしさ

誰にでも、何にでも、その人でありそれでありの”らしさ”がある。その人がその人であり、それがそれである唯一の理由がそれにあたる。会社もしかりだと思う。その会社にはその会社が唯一の存在であるその会社”らしさ”がある。

人が何らかの変化を必要とするとき、大きなストレッチを必要とするとき、その過程でその人自身が自身の”らしさ”を理解していることはとても大切なことだと思っている。自分で気づけないとき・見失ってしまっているときは周りに聞けば・自分と向き合っている相手を見れば、きっとそこに自分”らしさ”が何であるのか気づくヒントがある。

なぜ他人ではなく自分がその変化を遂げる必要があるのか、なぜそれをやるのが他人ではなくて自分なのか、その根元には自分が唯一の存在である理由が存在するのだと思う(ロジックもなにもないんだけど)。

それを自覚せずしてその変化を遂げる過程の困難に立ち向かうのはつらい。その変化の目的や必要性が自分のものにできない気がするから。自分の外部がこうなったからそうするしかないんだみたいな、どこか受身というか他責の考えがでてきてしまいそうだから。それがぎりぎりの状態で頑張らなくてはならない状況で甘えになってしまう気がするから。

”らしさ”を考えるときの論点は、”自分という存在だからこそそれをやらなくてはならない理由ってあるのだろうか?”ではなく、”自分という存在だからこそそれをやらなくてはならない理由は何だろうか?というところにある。あるかないかで悩むのではなく、ある前提でそれが何であるのかを考えるのだ。

もし自分らしさに気づき、遂げようとしている変化を目の前にしたときに、まったく過去の自分らしさににつかわしくない姿へ変化をしようとしているのであれば、その先にある新しい自分らしさがなんであるのかを考える。


いいたいことのピントがあやふやなのだけど、きっかけはどうあれ、
何かをやるときは、それは自分という存在だからこそやるのだ、自分だからこそ描けるゴールがあるのだ、自分だからこそ辿れるゴールへの道筋があるのだということを信じること
これはとても大切なことだと思う。

そして自分の過去を振り返るときも同じ。
そのときはどう思ったとしても、どんな些細なことであってもそのときそこでの自分の行動の中に”自分だからできたことは何か?”に対する答えは絶対にある。
振り返る中でそれを見つけるまで考え抜くことが大切だ。

それを見つけることができれば、そこから自分らしさが見えてくる。

個人にしても企業にしても同じだ。
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by sagad | 2007-08-27 22:40 | Business

鏡の法則

e0019200_22373684.jpg以前気になりつつ、過去に読んだ本と似ている部分があったりして読んでいなかったこの本をついに読んだ。Amazonで買うには微妙な値段だったのでほしかったCDも併せて購入した。

読み始めてみるとすぐに終わりに辿り着いた。どれくらいだろう30分かからないくらいだろうか。この本を読んだ影響で美化されているかもしれないが、自分の過去(一人暮らしをはじめたときの事、両親とぶつかったときの事、ここ最近あったこと等)が重ねられ、ストーリーをなぞりながら自分の中では自分のストーリー、その時々の事実の解釈、そこから気づけたこと・学べたことを思い浮かべていた。

僕は”鏡の法則”が事実として正しいとは思わないけど、生きていくうえでその法則を用いることは良いことだと思う。

自分の人生の出来事の中には自分の心の持ちようや行動だけではどうにもならないこともある。

ゆるしたってなんだって他人に自分が願う行動をとってほしい/結論に至ってほしいと思ってしまうことはあるだろうし、その自分を認識して受容して、そう思う根本にある自分の欲求を特定して…とキレイに動けるときばかりではないだろうし。

でも、そのときに大切なのは”自分の気持ち・行動は自由にできる”ということ。そしてその自由な気持ち・行動の結果への責任は自分が負うのだということ。

鏡かどうかはさておき、自分の人生の出来事に対して、自分が自由にできるのは自分の気持ちであり自分の行動でありなのだと思う。それは、自分の中で出来事の解釈を変える、もしくはその出来事に対する自分の行動を変えるの2つなのだと思う。この考え方をちゃんと掴んでいれば、他人に依存・期待して、結果として裏切られてしまうことは少なくなる。もしくは思い通り行かなくてもそれを責めることはなくなる。だって自分が自由に選択したことなのだから。

そして、そうやって1つ1つの出来事を乗り越えていくことが、自分を自分らしく成長させる(素晴らしい)機会になっているということ。

鏡かどうかはさておき、そうやって自分が自由であるということを忘れず、行動し、その結果に責任をとっていくと、その過程で、結果として自分らしさが出来上がり成長することができるのだと思う。

”必然の法則”というのがある(この本の中で書かれている)。

人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こる。
自分に解決できない問題は起こらない。

これも”鏡の法則”同様、これ自体が正しいかはさておき、このスタンスで人生に臨むことは素晴らしいことだと思う。

前のエントリーで親と自分が似ているということを書いたのだけど、その内容が上に書いたような考え方だったことをふと嬉しく感じる。
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by sagad | 2007-08-26 23:33 | Book

久しぶりのジム

e0019200_19511254.jpg今日は午前中にPC移行の続きを終え、午後はジムへ。お盆シーズンは行ってみたら休みだった等、なんだかんだで10日ぶりのジムだった。
最近は、トレーニングに使っていた昔のバッシュが壊れてしまって新しいものを買ったり(秋からバスケを再開する予定なのでそれも見据えて再びバッシュ購入)、何かと髪の毛が邪魔なのでヘアバンドを買ってみたり、色々と運動のための装備が整ってきていて楽しい。いつになっても新しい靴を履くのはわくわくする瞬間だったりするし。ジムに通う回数を重ねるにつれて走る時間が伸び、速度が上がっていくのも楽しい。体が軽くなっていくのを感じる(体重は何事もなかったかのように元に戻りましたが(^^;)筋肉も増えているのか体脂肪率はそんなに変わっていません。)

じっくりストレッチをした後で30-40分ほど走る。
最初はウォーミングアップから始まり、徐々に速度を上げる。偶然僕が走るテンポと同じテンポの音楽をみつけたので、それを聞きながら走っているとテンションも高いままそのテンポに乗ってずっといける。マシンで走っているので景色は変わらないけど音楽が変わっていくのが楽しい。そしてその音楽にあわせて考えることも変わっていく、最終的には考える余裕もなくなって自分の手足の動きと息づかいだけの世界になる。そんないっぱいいっぱいの状況が心地よい。

そしてマシンでメニューをこなしていく。
自分が80%程度の力で動かせる負荷をかけながらゆっくり、息を吐きながら鍛えたい部位の筋肉に力を入れる。最初はラクに感じていても何回かやっているうちに苦しくなる。でもそこからががんばりどころ。

最後に(余裕があれば)また一走りして、ストレッチしてClose。
時間と体力によるのだけど余裕があれば少しひとっ走り。その後ストレッチをして終了。


帰り道歩いていると遠くに夕暮れが見えたので橋の上までちょっと走ってカメラ(携帯)に収める。品川の水族館の時よりはましにとれている気がする。夏休みに実家で空の広さや美しさを感じてきたが、こうしてみると東京の空もすてたものではないかな、という気がする。少し狭く感じはするけど。

頭・心・体。バランス良く自分をストレッチしていきたい。
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by sagad | 2007-08-26 20:29 | Life

突然

土曜日、PCの移行作業をしていると母親から電話があった。折り返してみると、元気でやっているのか?最近も忙しいのか?といった月並みな会話を少し交わす。そして、

母: ”お父さんと今からいっていい?”

と。


??

D: ”いいよー”

と返事をする。(うちの親の性格を考えるとなおさら)突然・唐突だったので驚き、面白かったのだけど、ちょうど土曜日は自分のスケジュールしかいれておらず調整可能だったのでOK。その話をしてから荷づくりをはじめたようだった。
それから経つこと2-3時間。親がつく時間まではPCの移行をしていようと思っていると途中で父からメールがくる。

父: ”品川で降りようと思うんだけどこれるか?水族館に行こうかと思って。”

e0019200_13203014.jpg7月の三連休に姉が来たときも品川の水族館へはいっていたのだけど、まあいいかと思いOKして品川へ向かう。
合流してからはいろいろと会話をしながら水族館へ。水槽の外からサメやエイに手を振っては喜んでいる母親を横に見つつぼーっとする。せっかくだしカメラ持ってきたらよかったなあと思いながら。父親はマイペースで自分の見たいものをふらりふらりと眺めている。
携帯のカメラで撮ってみたのだけどうまくとれない。携帯にカメラの機能は求めていなかったのだけどもう少しうまくとれるようにしたいな。この携帯、カメラの機能はあまりよくないなと気づく。

その後移動して、僕が普段いるオフィスを簡単に案内してから食事へ。思い切り食べて親を駅のホームまで送り帰途についた。


食事はコースにしたのでゆっくりと食べながら話ができた。こうしてゆっくりと両親と話をする機会は、振り返ってみるとほとんどなかったことに気づく。仕事の話や家庭の話などとりとめもなく話す。機会がなかったこともあり変に新鮮さを感じてみたりしながら。

親子だなということをつくづく感じた。根元にある考え方が同じだったから。
最近自分について考える時間が増えているのだけど(若干*百足状態)、そうして気づいた自分の考え方が親と重なる部分が多かったのだ。直接言葉で教えられた覚えはないし、親からそういった点を吸収しようと意図した覚えもないのだけど。自分のどんな部分もだいたい父親・母親のどこかに重なるんだなあと。

言葉にできないもの/意図できないものなんていくらでもある。

親孝行したいなと思った。今は彼らがされたい孝行<自分がしたい孝行なのだと思うけど、重ならない部分があればどちらも選んでいきたいし、相容れない部分があるなら彼らがされたい孝行を選んでいきたい。



*百足:自分であり続けるために 流されず、いまを生き切る50のメッセージ(田坂広志(著))より引用。
ムカデの自意識

 「百足」と書いて「ムカデ」と読む。
 この不思議な虫の、苦難の物語です。

 ある暑い夏の日、 ムカデが一生懸命に歩いていました。
 すると、通りかかったアリが言いました。

 ムカデさん、凄いですね。
 百本もの足を、 絡み合うこともなく、乱れることもなく、
 整然と動かして歩くなんて、さすがですね。

 その誉め言葉を聞いて、ムカデは、ふと考えてしまいました。

 なぜ、自分は、これほどうまく百本の足を動かせるのだろうか。
 アリさんの言うとおり、絡み合うこともなく、乱れることもなく、
 なぜ、整然と動かして歩くことができるのだろうか。

 そう頭の中で考え始めた瞬間に、ムカデは、一歩も動けなくなってしまいました。
 先ほどまで、何の苦もなく無意識に動かしていた足を、
 一歩も動かすことができなくなってしまったのです。

 このムカデの姿は、我々の姿に、似ています。

 自意識の病。
 その病によって、我々は、いつも、力を発揮できなくなってしまうのです。

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by sagad | 2007-08-25 23:10 | Life

移行

週末に新しい仕事で使おうと購入した新しいPCが届いた(^^)僕は社会人になってからずっとThinkPadを使っている。これまで使っていたのがT43という大きいもので、今回購入したのがX61。画面のサイズ・解像度が下がるので少々違和感を感じるのだけど、それよりなにより軽いのが嬉しい。普段常に持ち歩いているので軽いと本当に助かる。

月曜日からこのPCと仕事をともにする。楽しみだ。
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by sagad | 2007-08-25 15:48 | Business

何事にもおわりがある

e0019200_2318835.jpg日々を何気なく過ごしていれば、何事にも始まりがあり終わりがあるということを忘れるのは容易いことだ。忘れている間は、本当ならばおわりあるはずのその時間が永遠に続くかのように感じられ、永遠にその時間の中にいられるように感じる。そしてそれが当たり前に感じられ、そのものがいかに自分を支えてくれているかを忘れる。いかに貴重なものであるかを忘れる。いかにありがたい存在であったかを忘れる。

そしてそれが無いとしたときに自分の当たり前のどれだけ多くの部分が崩れ去ってしまうのかを忘れる。

不意に忘れ去っていたこれらを思い出すきっかけが与えられることもある。しかし往々にしてそれまでおわりが来なかったという事実の中に、そのきっかけは埋められてしまう。一瞬何らかの危うさを感じることこそあれ、それが忘れ去ってしまったそのものの尊さを深く心にとどめてくれることはない。

そして往々にして本当にその尊さに気づけるきっかけは、その尊いものを本当に失った / おわりを迎えたという事実が担う。

心に深く尊さが刻まれる。おわりを告げた時間であり失ったものは二度と戻らないという経験が刻んでくれる。


それでも人間はまた同じことを繰り返す。良くも悪くも、時間は心に刻まれたものを取り払い、その跡を薄めてくれるからだろう。一連の経験が自分を成長させてくれたはずなのに、二度と同じことは繰り返すまいと強く心に誓ったはずなのに、刻まれた跡と共に自ら刻んだ学びや教訓、成長した自己像も薄めてしまう。


人間は同じことを繰り返す。



オフィスにPCの電源を忘れてきた。今日中に決着をつける予定であった仕事に中途半端にしか手がつけられない。そしてそのような状況にありながらこうしてBlogを書いている。こんなことを言っている間に残り時間は17分をきった。

明日、僕は朝日を浴びながらオフィスへ向かう。


人間は同じことを繰り返す。



洗濯をして早く寝よう。





最近自分でも笑いがとまらなくなるほどにアクシデントに囲まれて暮らしている。
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by sagad | 2007-08-21 23:18 | Business

自分を耕す

e0019200_0172282.jpg今日は昼に少し仕事を片付け、夕方から早めのディナー、映画(オーシャンズ13)鑑賞、そして六本木ヒルズの美術館に今展示されているAquarium建築鑑賞、と六本木ヒルズを満喫してきた。

映画を映画館で見たのはどれだけぶりになるんだろう。1-2年は見ていなかった気がする。映画館の雰囲気も席もとても良くて映画に集中することができた。オーシャンズ13自体もとても面白かった。前作・前々作あたりの登場人物が紹介なくでてくるので13を見る前に11、12はおさえておいたほうが良い。特に何かを考えたりする必要もなくストーリーの流れにただただ従うだけで楽しめるのでラクチン(^^)

終わったのが21時ごろ。22時までAquariumと美術館(建築とアート)が開いているということで行ってみる。展望台のフロアにあるらしく、ひょんなことから初六本木ヒルズ展望台(美術館も初めて)。熱帯魚よりも建築よりも、まず最初に目に飛び込んできた夜景に吸い込まれた。

とはいえ時間が無かったので夜景は後から見ることにしてAquariumと建築・アートの美術館へ。Aquariumは幻想的で美しく、建築とアートは詳しいことはよくわからないのだけどなんでこういうアートであり建築形式でありを思いつくんだろうなあ、と不思議に感じながらその裏にあるストーリーを読んで回っていた。


映画、Aquarium、美術館。これらに限らず振り返ってみるとあまりこういった目的で外出することは今までなかった。いざ行ってみるとリフレッシュになるし、何より面白い。仕事も楽しいし、勉強も楽しいけど、こういったこれまで手を伸ばしてこなかった領域にもこれからは手を伸ばしていきたいと思う。


スポーツ(バスケ・テニス・ジム)で体を鍛え、勉強と仕事で頭を磨き、映画・美術館めぐり・写真等々で心を豊かにしていきたい。勿論それぞれが重複する部分もいくらでもあるのだけど。

#8月18日にめでたく誕生日を迎えることができました(^^)メッセージをくださった皆様、本当にありがとうございました。コンサルタントとしても社会人としても人間としても経験を重ねれば重ねる程に自身の至らなさに気づき、謙虚に学び成長したい気持ちが強くなることを感じています。そんなまだまだの私ではありますが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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by sagad | 2007-08-20 00:29 | Life

結婚式二次会

e0019200_061720.jpg18日は、昼に友達とテニスをして、夜は高校が同じだった友達の結婚式の二次会だった。
テニスは最近2回目。ジムにいって体を動かしていることもあってか、たまにまともにボールが返せる程度にまではなった。教えてもらう友達から”うまい”と言ってもらえることも嬉しいし、上達するのも楽しいし、まだまだうまくなっていきたい(^^)
テニスは夕方途中で抜けて家に帰りシャワーを浴びてスーツに着替えて二次会へ。全部で150人くらい出席していたらしい。会場はスペースもあり天井も高くとても居心地が良かった。メインは新郎・新婦が大学時代に所属していたサークルの仲間だった。僕らは高校時代の友達ということで10人くらい固まって半分同窓会のような感じだった。遠くで見かけてすぐに気づいて名前もすぐに出てくる人もいればそうでない人もちらほら。おそらく相手からも同じように思われていただろう。

サークルのノリを見ていると自分の大学時代のことが懐かしく思えてなんかほほえましかった(^^)勿論人の結婚はいつ見ても本当にめでたく、見ているこちらが幸せな気持ちになる。良いものだと思う。普段飄々としているイメージの新郎もこの日ばかりは笑顔が絶えなかった。あれはおそらく披露宴の時点でかなり酔っていたな…(^^;)

2次会が終わってからは関東に住んでいる同窓仲間で軽く飲みに行く。高校時代の懐かしい話があれば最近の仕事の話もある。話しているとその頃の自分に戻ってしまう。いや、戻ることができるっていうのが正しいニュアンスなのかな(^^;)

充実した、そして幸せな気分に浸れた一日だった。

夜には既に左手が筋肉痛になり始めていた。
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by sagad | 2007-08-20 00:14 | Life

夕暮

特に狙っていたつもりは無かったのだけど、夕方になってふと思い出した。夕暮れ時の写真がまだ撮れていないという事を。なので外にでて早速おさめる。雲ひとつない空だったこともありキレイに撮れたかな。雲が広がっていたらいたでまたいい写真になったのだと思うけど。

こうしてみると、朝日を撮ったときに、写真の順番を入れ替えたら夕方と見間違えるかもと考えたのは少し違っていたかなと思えてくる。勿論アングルやタイミングによるとは思うけど。少なくともスナップショットでみれば似たようなものになったとしても、実際に写真を撮っているとき(昇りくる朝日、沈み行く夕日をみているとき)、その経験のなかで起こる気持ちは異なるものだ。

夏休みももう終わり。そろそろ本格的に仕事モードに戻ろうかというところ。あっという間ながらリラックスすることができたこの5日間の終わりにいい写真かなと思う。
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by sagad | 2007-08-15 19:19 | Life

またまた空

夕食前、音楽を聴きながら仕事を片付けていると夕暮れ時だったことに気づく。そして夕焼けの写真を撮っていなかったことに気づく。ベランダに出てみるときれいな夕焼けとはいかなかったけど、これまでとはまた違った空が広がっていた。

Blogをみてるとこの夏はベランダから空ばかり眺めてるみたいだな…(^^;)
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by sagad | 2007-08-14 18:39 | Life