a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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で僕は何を持っていた?

Communicationって難しいと思った。何なんだろう。話の目的とかそのために話し合うこと・はっきりさせたいこととか、そのための話の持っていき方とか、そういうのが一切使えないCommunication。
使えない理由はなんだろう。心のどこかで、ここでアタマを使って話したら何かが終わってしまいそうな気がすしたから?そもそもそんな使えるアタマを持っていないから?どこかでアタマを使わずに心のありのままで言葉を交わしたいと望んでいたから?

感情的になることは滅多にない僕なのだけど、話の流れの中で声を荒げてしまう。
自分が理解・納得するために必要なPartsを相手に吐き出させようとしてしまう。言ってることの意味がわからない、理解したい、そのためには言いたいことはお互いOpenに言い合うべきだし明確に立場の言うべきだ!と、ばらばらだけど大事な何かを伝えようとしている言葉やその後ろにいる人間を困らせてしまう、困らせることを正当化してしまう。
感情的になると選択的にものを聞くようになる。自分の中で相手の話を選択して聞いて、自分の主張を組み立ててしまう。傾聴する余裕が無くなる。言っていることは理解できる。ただ納得できない。というときに相手にどう説明して良いのかわからなくなる。その前に僕を理解してから話をしてよ、と自分中心になる。自分が相手を理解しているかは棚に上げて。

自分の考えを理解してもらう / 相手を理解するためにはOpenにディスカッションする、互いに意見を主張し、互いに意見を聞くことができればいいのだと思っていた。日常ではそういうことをやってきていたしそれで互いに理解し合い、お互いに高めることができていたと思う。


…なかなか難しい。


情ってものがないとか、人の心がわかってないとかって言われたらつらいし多少寂しくもある。人の言葉で傷つく心は持っているんだけど…(^^;

じっくりいこうと思います。
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by sagad | 2007-02-28 23:49 | Life
木に釘が打ってある。

金槌を持っていたらそれを叩こうとする。くぎ抜きを持っていたらそれを抜こうとする。彫刻刀をもっていたら釘を気にせず何かを彫ろうとするかもしれない。かんなをもっていたら釘を避けて気を削り始めるかもしれない。

道具に精通していればしているほど上記のように振舞う。金槌に精通していたら釘の角度や打ち具合が真っ先に目に付く。彫刻等を持っていたら木目や木の質といったものが目に付く、どういう形ができるかすぐイメージが始まる。

道具は物理的なものにとどまらない。イメージや考え方も同じ。

何らかの対象を眺めているとき、その手に何を持って見ているかを意識すると結構眺める前から持ち物を決めいることがあることに気づく。

そして、目的を達成する前提として、その手に持ったものを使う必要があると思い込んでいることに気づく。そしてその思い込みと相手のGAPに悩んでいる場合がある。

道具を持って相手を見るのは、仮説を立てる時に大事なことだけど、あくまでそれは仮説。時には見る角度もそもそもの扱う目的も、そしてその手に持っているものも、全部ほっぽって考えてみると案外すっきりと新たな方向がみえてくる。
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by sagad | 2007-02-28 00:32 | Business

持つべきものは

友達。
ということで今日は仕事を少し早めに切り上げて同期と2人で飲みにいく。男2人で席に着いて話し出すといつの間にか4時間が経っていた。びっくり。最近は自身のEngagement workに集中している時間が長くてこうしてのみに行く時間はなかなかとれずにいたのだけど、久しぶりということもあってお互いにお互いから刺激を受けることができたと思う。
最近は、前日記に書いたとおり仕事はとてもChallengingで刺激と面白さ(とタフさ)に満ち溢れているのだけど、それでも現状に甘えてはいけないと改めて思った。楽しければそれで良いのか?今が充実していればそれで良いのか?そう問いかけてみると自分の中で応えは”否”。やはりそれらだけで終わらせない。自分としてのMissionというか目的というか、そういった意図をもって楽しんでいきたいと思うし、そうして、ただ楽しむとは別に意図に照らして自分のPerformanceを評価して高めていきたいと思う。

たまに自分に価値なんて無いんじゃない?なんて思い知らされることもあったりするのだけど、"で?"と聞かれたらやれることは①そこから学ぶ②次に活かすの2つくらい。組織に甘えず、環境に甘えず、個としてのProfessionalismを持ってEngagementに望んでいきたい。
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by sagad | 2007-02-27 01:30 | Business

日曜日のおひる

実家での昼は例の友達のラーメン屋さんへ。休日の昼時の一番混む時間、家族で行ったし、今回は一泊につき誰とも連絡していなかったので特に挨拶をすることもなく、ささっと入っていただいて帰った。おいしい(^^)
友達や家族伝いにいつも混んでいて人気があると聞いていたのだけど、いざ行ってみると盛況盛況。彼も奥さんも一生懸命に働いている。疲れているようには見えるけど、この時期暇をもてあますよりも幸せなことだと思う。最近なかなか遊べずにいるのだけどまた時間をつくって遊べたらいいな。自身がTopになってビジネスを立ち上げたと考えてみると、WorkもLifeも境目なんてなくなってしまいそうだけど、それでも人生にちょっとした潤いというか豊かさというか、忘れてしまいがちな素朴な時間をつくることができればいいと思う。
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by sagad | 2007-02-25 22:39 | Benibana

Platinum

e0019200_0494850.jpgこの週末は用事があって実家に戻っている。一泊のみの滞在でおそらく家にいる時間は24時間もない。その中でいろいろな気付きがあったのだけどそれは後日のentryへ譲るとして、まずはこれについて。姉が買って使っているらしいのだけど僕も試してみた。

普段自分の顔の肌についてあまり意識していないのだけど、これをつかった後に意識してみると、そしてその後いろいろとケアしてもらうと、確かにいつもよりもしっとりもっちり(^^)関心関心。
社会人になって、いつの間にかすっかり実年齢よりも年上に見られるようになっている僕も、こうした日々のケアの積み重ねで若返るのだろうか(^^;)(仕事で上にみられるのはやりやすいのですがプライベートでは・・・)
電極がプラチナでできているからプラチナナノスチームという名前なんだと思うけど、プラチナだと何がいいのだろう。気になる。
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by sagad | 2007-02-25 01:03 | Life

まず全力で

いつぐらいからだろう。気がつけば仕事内容がChallengingなものになり、関与するProjectも増え、プレッシャーとやりがいを感じ、Valueを出せたと感じる喜びと何かが違うという(ちょっとした)落胆の間を触れる日々が続いている。
とまって考え始めてしまったらそこから足が動かなくなりそうで立ち止まれない。走りながら考える。対処する。ボールは長くは持たない。インパクトと相手にとっての緊急性と対応に必要な時間を見て優先順位に従って片っ端から片付ける。長く持っていたらうまいパスが出せるかといえば違う、シュートが入るかというとそれも違う。目的と自分が動ける範囲・周りの状況がわかっていれば後はそれに従ってボールをさばく。

こうして一度全力で走りながら考えてみると、自分がどれくらいのスピードでなら走っても的を外さずに考えられるかが見えてくる。もっとスピードを上げるためには、転ばないためにはどうすればよかったのか学びながら走れるようになってくる。走るうちに自然と外に目が向く。ゴールが、パスを出すべき相手、求めているボールが見えてくる。

どんなに機敏なドリブルができても、相手の居場所・動きが読めなかったら前には進めない。自分の思い通りの場所へボールをけることができても、どこに誰がいるかわからなければパスは出せない。強力なシュート力があってもゴールがどこにあるかわからなければシュートは入らない。

フィールドの外でストレッチや練習をするのも、スパイクやボールを磨くのも、イメージトレーニングをするののももちろん大切。

だけど。

まずは全力でフィールドでプレイする。パスとかシュートとかドリブルとか、そんなこといちいち考えてられないけど出来ないとどうにもならない。そんな環境に身をおく。それが一番大事かなと思う。

気づかなかった自分の無力さと、気づかなかった自分の実力を日々発見できることが楽しくてたまらなくなる。
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by sagad | 2007-02-23 01:21 | Business

input input input...

今日はパートナーに声をかけてもらって急遽彼のプレゼンに同席。彼が資料をつくる際のソースを集める、まとめる、整理するといったことをサポートしていたのでその結果をみろということで(そして自分のものにして最終的には君がDeliverできるようになってねと)。しっかりと魅せられました。
Projectに限らずいろいろなCommunityに属して活動をしていると多くの人にであう。そして面白いことにそれぞれの人がそれぞれの人ならではのものを持っている。無数の型がある(軸おいたら4つとか9つとかに切れるかもしれないけど、そういう整理をしたら落ちてしまうようなソフトな部分でそれぞれ違う。)

で思ったのが、とりあえずinputだなということ。

たまに自分の型をつくる / 維持する(貫く)ために周りからのinputをシャットアウトしようとしているような人がいたりするのだけど違うなと。なんでもかんでも良いなと思ったものはとりあえずinputして自分なりにoutputしてみた方が良い。その繰り返しで自分に合う型/合わない型が見えてくるし、おそらく使い込んでるうちに自分だけになじむ自分の型ができあがる。

ろじかるしんきんぐにしても、よく論理的に考えるために周りからのインプットをコントロールしようとする人がいるけどそれも違う。もちろん情報の取捨選択は必要だけど、人とのコミュニケーションで自分の中にあるフレームにはまる話しか受け付けない、なんていったら成り立たない。inputを縛るためではなくoutputを目的に対して価値あるものにするためにつかうものだろう。

ということで素直に人やものからinputを得て、自分なりにoutputして、すくすく育っていきたいと思う。その方が結果として考えるのも動くのも早くなり、結果もでるように感じる。
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by sagad | 2007-02-22 00:33 | Business

運動運動

e0019200_004883.jpgここのところ運動不足。幸か不幸かスーパーが家の近くに無いのでそこまで軽くランニングしてみる。結構気持ちが良い。平日ジムに通うのもなかなかできないし、かといっていきなり早朝走るのも続かないと思うし、まずは週末ランニングでも始めてみようかなと思います(^^)
仕事が忙しい→睡眠時間削る→体力落ちる→無理が効かなくなる→仕事集中可能時間が減る→仕事が忙しい…という悪循環は避けたいし。

#勿論時間の使い方仕事の効率の上げ方っていうところでもカイゼンの余地はあると思いますが(^^;)
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by sagad | 2007-02-13 00:04 | Life

MBAが会社を滅ぼす

e0019200_20111356.jpgMBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方、ようやく完読。
個人的には邦題の付け方や帯の文言はいささか中身のメッセージを歪めて伝えているように感じる。MBAが会社を滅ぼすとはMintzbergは言っていないし、”ダメな会社ほど、ビジネススクール出身者が目立つのはなぜだろう? それは~”というくだりもこの本における主たるメッセージではない。

という細かい話はさておき、とても良い本に出会えたと感じている。正直なところ、今のMBAについて何が問題で、どうするべきなのか?という内容については、よくわからない(実際にどうなっているのか、情報を持っていないし、自ら経験したことも無いので)。ざっと前半部分(既存MBAおよびそれとかかわる会が抱えている問題について触れている)の主張をまとめる。
  • Input: 間違った人が入ってくる。
    本来ならば現場でManagerとして経験をつんだ人間が入ってくるべきなのに、そういった経験を持たないが、ビジネスに対する情熱の強い、Manager予備軍が入ってくる。

  • Process: 間違ったProcess。
    現実の問題には業務分野が明確に分かれて、全てが定量的に分析でき、分析結果にのっとって意思決定して実行に移せていけるわけではない。むしろそんな簡単な問題は少ない。なのにMBAのカリキュラムは業務ごとにクラスが分かれており、そのクラスの中ではそのクラスで学ぶべき内容しか考慮されていない。
    また、”教える”のではなく”学習”し、継続的な変化を自身にもたらすには、自身の過去の経験を新たな理論や概念で見直すことが非常に大切である(そのためにはあえて”緩やかな”環境が必要である)のに今のMBAでは、①Manager経験のない(見直すべき経験のない)人間が、②教授の”教える”範疇で、③良い評価を得なくてはならないという強いプレッシャーの中で、学んでいる(教えられている)。

  • Output: 間違ったOutputおよび会社での間違った活用。
    Input、Processが間違ってる時点で出てくるものは間違ってる。結果としてOutputは若くして、Managerに必要なものの1つである、各業務について”疑似体験”による理解と、Managerとして見た目だけでも振舞うのに必要な自信、エリート意識を持った人間。
    不幸なことに、受け容れる会社も、彼らをManagerにふさわしいとみなし、Managerに、そして会社のFast Trackに乗せている。MBA holderのPerformanceを見てみるとそれほど優れているわけでもない、むしろ劣っている部分すらあるのに。

  • 学生の立場、もしくはこれからMBA入学を志している人の立場からすれば(この本で書かれているような学生ばかりではないと思うけど)、”自分たち次第”だという部分は大きくあると思う(特にInputとProcess)。カリキュラムが各業務で過剰に縦割りになっているのだとすれば、そうなっていること、現実は違うということを意識するだけでまず違うと思うし(ケースが現実であるという誤解は(ないと思うのだけど)防げる)。Privateの時間を使って他の学生とここにアプローチすることもできると思う。MBA入学を志す人については、そもそもここに入ればこの環境が自分をManagerに仕立て上げてくれるんだ、というような”丸投げ”のスタンスではいる人はいないはずだ。

    大学院(MBA)側について読んでいて興味深かったのは、これまで新規事業を自社で創出したことのない、創業当初もしくはそれに近い事業で成功を収め続けてきた企業が岐路に立たされたときの振る舞いに似ているということだ。”開拓”はできても”探検”ができない。定量的に評価できるものでしか意思決定できない等々。

    会社側についても同じなのかもしれない。当たり前ながらManagerは優秀であってほしいし、そのためには優秀な人材をManager予備軍として早期から鍛えていきたい。でもManagerとして優秀になりうるのか、成功しうるのかというのは何をどう評価すればでてくるものなのか。それが明確にならない中で、MBAという名前で判断している部分もあるのではないだろうか。

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    本の中ではマネジメントに必要な3要素として、”アート”、”サイエンス”、”クラフト”をあげている。
    アートは創造性を後押しし、直感とビジョンを生み出す。サイエンスは、体系的な分析・評価を通じて、秩序を生み出す。クラフトは、目に見える経験を基礎に、実務性を生み出す。アートは具体的な出来事から一般論への機能的なアプローチをとり、サイエンスは抽象概念を個別のケースに適用する演繹的なアプローチをとり、クラフトは具体論と一般論の間を行き来する双方向型のアプローチをとる傾向がある。この違いは、戦略に対する態度に最もよくあらわれる。アートは戦略をビジョンづくり、サイエンスは計画、クラフトは冒険とみなす。(p.125 l.4)

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    話にまとまりがなくなってきたが、思い返すと僕も社会人になってあまり経験をつまない段階でGMSへ通い始めた。最初にクリティカル・シンキングを学べたことはとても大切な経験だと考えている。偏りすぎた次期もあったし、今でもバランスをとることは難しいと感じているが。続いてマーケティング、アカウンティングやファイナンスの基礎、そして経営戦略と学習した。その学校とビジネスの間を行き来して感じていたのが”現実にケースは無い”ということ。
    クラスの中であれば本来最も大切な”問い”を定義する部分はカリキュラムとして既に書かれている。それに応えるために必要な情報は全てケースの中に書かれている。でも現実は違う。何が本当に応えるべき問いかけなのかを見つけることは決して簡単なことではない。それが見つかったとして、問いかけに応えるために必要な情報が全てあることなんてない、ケースとしてまとまっていてこの中から探せばいい、なんて状況は絶対にないと言っていい。

    それでもケーススタディという学習形式は優れていると思うし、その効果もGMSで体感することができている(GMSは1テーブル4-5人のグループを4-6個形成してクラスを進めるけど)。

    ケーススタディのよさ、でも現実とケースの間の圧倒的な違い。そんなこんな自分が経験してきたことを踏まえて成長していきたいと思う。
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    by sagad | 2007-02-12 20:11 | Book

    Reflection

    この連休を使って、MintzbergのMBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方という本を読んでいる。まだ読んでいる途中なので全体の感想や考えは読み終わってからに譲るとして、ここでは本の中で何度と無く出てくる”省察”という行動について思うことを書きたい(といいつつも結構書評に近かったりもする(^^;))。

    省察に関して印象的だった言葉をいくつか引用する。
  • 「新しい知識を仕入れることよりも、過去の経験を解釈し直すことのほうが持続的な行動の変化を生みやすい」(p.286 l.7)

  • 疑念を棚上げして、思考の再構成を促す刺激的なアイディアについて考えるときに人は学習するのだ。(p.318 l.6)

  • 学習とは行動することではない。学習とは、行動について省察することだ。…「経験はあったけれど、その意味はわからなかった」。その「意味」を見出すために、省察を行うのだ。(p.324 l.8)

  • 省察とは、お手軽にできるものではないし、ただ漠然と物思いにふけることでもない。検討、調査、分析、総合、結合を通じて、「(ある経験の)自分にとっての意味をじっくり慎重に考える」ことが求められる。それも、何が起きたかを考えるだけでなく、「なぜそれが起きたのか」「他の問題とどこが似ていて、どこが似ていないのか」を考えなくてはならない。(p.325 l.6)

  • 簡単に言ってしまうと、日々の経験をもっと深く味わいましょう、ということかなと思う。
    で、味わうっていうのはそんなすぐにさっさとできるものではなくて、気持ちを落ち着かせて(そのために雑念や余計な騒音のない、”恵まれた”環境を用意して)、あせらずじっくりと、深く(過去の経験や蓄積された知識からのアプローチ、問題領域の特定、原因の特定、打ち手の検討、教訓の抽出等)やる必要があるのですと。

    MBAが会社を滅ぼす/滅ぼさない、今のMBAが有用か無用かというのはさておき、このような時間を日常の中に、例えば週末にでも、設けることはできるのではないかと思うし、した方がいいと思う。それこそBlogを使って書けば、そしてそれを信頼できる人に見てもらえればその場でフィードバックやアドバイスがもらえるだろうし、それをinputしてまた省察も進むだろう。

    人間10年生きたら10年分の、30年生きたら30年分の、70年生きたら70年分の、その人しか味わうことのできなかった、そして振り返ることのできない経験を蓄積しているのだから、それらはめいっぱい耕して、得られるものをしっかり得て、より豊かな、豊かだと感じられる人生にしていかないと損だと思う。

    意識して自分の経験を耕していきたい。

    毎週末に今週で自分は何ができるようになったか / できなかったかというのをチェックしてるんです、といっている後輩コンサルがいた。素晴らしいことだと思うし見習いたい(^^)
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    by sagad | 2007-02-12 01:57 | Learning