a IESE class of 2014, strategy consultant has focused on emerging economy and innovation management writes about learning from MBA, feeling from daily life, with photography. Twitter : @dsaga


by dsaga
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あなたの表情がそう言っていない

今週も引き続きスペイン語のクラス。先生の行動から得られる気づきは多い。今日も1つあった。

クラスで文法について説明をしている際不明な点があったので質問をした、返ってきた答えを踏まえ新たな質問が浮かんだ。クラス全体に向けて”わかった?”と確認がなされた。新たな質問は細かい内容だと思っていたので流そうかと思っていた。しかし気になっていた。周りからも新たな質問はでなかった。すると先生はクラス全体に対して、

”私からはクラス全員の顔が見えます。本当にわかっている人には”わかった”という表情があります。私は●●年スペイン語を教えています。私には”わかった”という表情がわかります。わかった人は無表情で”わかった”と言ったり、ただ頷いたりはしないのです。このクラスにはまだ”わかった”表情になっていない人がいます。さあ質問して下さい。それにこたえるのが私の仕事です。一切ためらうことはありません。質問をしてください”

と言った。(一部意訳・補完)

他のクラスメイトはわからないが僕には質問があった。それを投げかけると、先生は明確に答えた。そのやり取りに付随して生まれた他の質問に対しても明確に答えた。そして、

”わかった?”

と再度確認し、クラスを見渡し、次はそのままクラスを進めた。


これは自身のミッションを適切に定め、相手への思い、自身の職務に対する覚悟を示す行動だと思う。


それは、自身のミッションが、”相手に”わかった”と言わせる/頷かせること”なのか、”相手にわかってもらうこと”なのかだ。前者であれば、言葉のとおり。相手がわかったと言えばいいし、頷けばいい。後者は違う、そこを疑う必要がある。相手がわかったと言おうが深く何度も頷こうが関係ない、本当にわかっているかどうか、その判断基準を設けそれを満たさないならば満たすまで力を注ぐということだ。

その判断基準は、わかっているのならこれに答えてみて?と軽く問いを投げかけることかもしれない、試験もその手段に入るだろう。しかしこの先生はそういった手段はとらずに”わかった”という表情を基準としてクラスへ改めて問いかけた。

それを基準にできるということは何を示すのか、それは、過去●●年間にわたってクラスメイトそれぞれの表情からも考えを読み取り続けてきたということと、”わかった”表情にクラスを至らしめその表情を認識できる程自分の目に焼き付けてきたこと、そして今この瞬間もクラスメイトそれぞれの表情の動きまでみてクラスに臨んでいるということを示す。

そしてその基準を持って、クラスをとめてでも問い直す姿勢は、このクラスをわからないことを残したまま出ていかれたら自分は仕事をしていないことになるのでそうさせないという覚悟と、自分はどんな質問にも答えられるのだから一切ためらわずに全てをぶつけてこいというプライドを感じさせる。



自身にミッションを定める活動の中で、相手の発するnon Verbalのメッセージをシャットアウトして言葉を拾うだけで済ませていないか。それを疑える程積極的に相手を理解しようとする姿勢を持てているか。その結果のすべてを受け止める覚悟と力を持っているか。


学ぶとともに自身を省みる。
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by sagad | 2012-09-06 05:55 | MBA